京都市にある「米粉と発酵のひびきぱん」はその名の通り、米粉を原料にしたパンの作り方を教える教室だ。教室と言っても、趣味のパン作りではない。プロフェッショナルコースを開設し、〝稼げる〟指導者や作り手を育てている。これまで140人が同コースを受け、そのうち約100人が講師になったり、店を開いたりした。わが子の食物アレルギーをきっかけに教室を開設。「単に作り方だけではなく、米粉のバックボーンを伝えたい。そうすることで、社会につながっているのを実感できる」と語る隠岐綾子代表に話を聞いた。
――「ひびきぱん」を開設した経緯を教えてください。
隠岐 もともとクッキングスタジオで講師として働いており、将来自分の子どもと料理するのを夢見ていた。だが、実際に子どもが生まれると、特定原材料すべての食物アレルギーを持っていることが分かった。産後、仕事に復帰したものの、教室で教える料理をわが子には作ってあげられないというジレンマを抱えていた。
その後、2人目が生まれ、上の子が小学生になるタイミングで仕事を辞めた。何かできることはないかと探す中で、米粉を使ったパン教室を開こうと思い立った。
私自身は小麦粉のパンも好きなので、当初は米粉と半々で始めたが、実際には米粉の需要が9割以上だったので現在は米粉に特化している。
当時はまだコロナ禍でオンラインからスタートし、授業を受けた人たちから徐々に口コミで広がっていった。
――最初はプロを養成するという考えはなかったのですか。
隠岐 そういう考えはなくて、まずは自分で月10万円稼ぐのを目標とした。
2、3年が経ち、自宅で自分の裁量で働けるこうした仕事をしてみたいという生徒の方が出てきたこともあり、プロフェッショナルコースを新設した。
――これまでどれぐらいの人が、プロフェッショナルコースを受講されたのですか。
隠岐 のべ140人が受け、そのうち約100人が講師になったり、米粉パンの店を開いたりした。もともと運営していた自身のカフェや店舗で、米粉パンを扱い始めた人もいる。

――プロフェッショナルコースを開設して、何か変わりましたか。
隠岐 プロコースを始めてから、まず私自身の意識が変わった。一般の人に教えるのと、先生を育てるのとでは違う。単に作り方を教えるのではなく、米粉のバックボーンを伝えたいと考えた。
みんなで米粉の原料になるコメを栽培する滋賀の農家さんに行って田植えを手伝ったり、製粉の話を聞くためメーカーさんの工場を訪れたりした。こうした活動を通し、当初は自分や家族のために始めた教室が、社会につながっていると実感した。
また、経営マインドを共有することも重要だ。プロフェッショナルコースを受けて独立したからには、稼がなければならない。レシピや作り方を学ぶのと同じくらい、仕事して成り立たせることが大事。2時間パン作りを学んだら、1時間は経営について話をする。それが好評を得ている。
――企業も関心を寄せているそうですね。
隠岐 パンメーカーやブライダル関連の企業から、声をかけていただいた。パンメーカーの方が教室に来られ、現在その会社はグルテンフリーのパン工場を建設し製造している。
ブライダル関連では従来の米粉パンよりも軽く、小麦粉のパンと変わらないものを探していたと言われ、採用された。そこで、レシピに商用権をつけて売るという発想も生まれた。
――米粉パンは小麦粉と違い、もっちりした食感が売りというイメージもありますが。
隠岐 そうした需要だけでなく、小麦粉と同じようなパンを食べたいという声は多い。市場にそういうものはなかったので、研究していた。
米粉を原料としながらも、さくっと軽く翌日もおいしく食べられる。それが、われわれのパンの特長だ。
――米粉の市場について、どのように見ていますか。
隠岐 小学校に米粉に関する授業をしに行った時、先生たちも含め米粉パンを食べたことのある人がほとんどいなかった。普段から米粉に携わっている私たちには身近だが、一歩外に出るとそうではないことを改めて感じた。
需要はあっても小麦粉よりコストがかかるので、単価も高くなる。それなら、今のままでいいじゃないかということになる。しかし、小麦粉のパンと同じようにおいしく、日持ちするレシピと作り方があれば、米粉パンを選んでもらいたい。
例えば、学校給食のパンが海外産の小麦粉を原料にしたものではなく、京都でとれたコメから作られたものだったら地元農家の支援、さらには日本の自給率向上につながる。食物アレルギーだから米粉のパンを食べるというのではなく、普通に選択肢の1つとして定着させたい。
――今後の展望を。
隠岐 これまでの50年で〝パン=小麦粉〟というのが根付いた。これからの50年で〝パン=米粉〟という時代に変わるかもしれない。品種改良や製造技術の向上で、それが可能な転換点に来ている。
ビジネスとして成り立たせるためにも、米粉パンの可能性をもっと広げ次世代へつなげたい。課題は多いが、それだけチャレンジしがいがある。



