5 C
Tokyo
4.9 C
Osaka
2026 / 02 / 07 土曜日
ログイン
English
訃報【訃報】福地茂雄氏 アサヒビール元社長 グループ経営の礎築く

【訃報】福地茂雄氏 アサヒビール元社長 グループ経営の礎築く

アサヒビール(現アサヒグループホールディングス)元社長の福地茂雄氏が、1月29日に脳出血のため死去した。89歳。葬儀は近親者で執り行われた。後日お別れの会を実施する。

福地氏は1957年アサヒビール入社。営業部長、取締役大阪支店長などを経て93年に専務取締役就任。99年から代表取締役社長、02年から代表取締役会長兼CEO。06年に退任し、15年までアサヒGHD相談役を務めた。企業メセナ協議会理事長、NHK会長、新国立劇場理事長などの公職も多数歴任した。

経営改革と総合酒類メーカーへの大転換に、大きな貢献を果たした福地氏。

86年の「アサヒ生ビール」発売にあたっては、営業部長として「100万人の大試飲作戦」を陣頭指揮。2021年の復活発売を経て「マルエフ」の愛称で親しまれる、現在のブランドの礎を築く。社長在任中は歴史的ヒット商品「スーパードライ」の育成に心血を注ぎ、今日に至るビールトップブランドの地位を盤石なものとした。

当初は否定していた発泡酒についても方針を大転換して発売に踏み切り、01年には国内ビール類市場で48年ぶりの首位を獲得。今も功績として語り継がれる。

逝去にあたり、アサヒGHDの小路明善会長は「グローバル化やキャッシュフロー重視の経営など、現在のグループ経営の礎を築き上げた立役者。『お客さまの満足』を追求し、健康で豊かな社会の実現に貢献することを体現した温かいリーダーだった」との談話を発表。

勝木敦志社長兼CEOは「アサヒビールとニッカウヰスキーが営業統合した当時の社長であり『社員を出身で差別することは許さない』の言葉には、ニッカ出身者として深く感動した。総合酒類化やグローバル化に向けたM&Aの推進では、会長の立場から多くの薫陶を受けた。持続可能な社会の実現と企業価値の向上を果たし、恩返しをしたい」と悼んだ。

関連記事

インタビュー特集

原点は休憩中に見上げたキウイ 全国で食材発掘、生産者と企業つなぐ サッポロビールの地域創生事業

 明治9年(1876年)、北海道で新たな産業を興すべく設立された「開拓使麦酒醸造所」をルーツとするサッポロビール。創業150周年を迎える今も、その“開拓”の精神は息づく。ビール会社としての枠にとらわれない発想力を武器に、事業領域拡張の最前線で奮闘する人物に迫った。一次産業を担う各地の生産者と企業のバイヤーをつなぎ、農林水産物の需要創出をサポートするサッポロビールの地域創生事業。その原点は、外食企業のコンサルティングを手がける部署で九州の拠点に配属されていた、一人の担当者のひらめきだった。

カキ養殖の展望を聞く〈前編〉 “殻付き”市場拡大 環境変化と効率化に対応 シーパジャパン・吉本剛宏社長

瀬戸内海で養殖カキが甚大な被害を受け、生鮮市場だけでなく加工メーカーや流通にも影響が及んでいる。こうした中、従来の養殖方法とは異なるシングルシード養殖法が注目されている。

繋げる、繋げる、繋げる たこ焼きコミュニケーション足掛かりに TKO・木本武宏さんが次のフェーズへ

STUDIO TAMUROはお笑いコンビ「TKO」木本武宏さんの活動拠点。木下さんの実妹・大岡真裕美さんが代表を務める「オフィスTAMURO」が運営し、トークライブや、YouTube番組作成スタジオとして利用してきた。昨年5月からは新たな活動として、毎月3日だけ営業する「たこ焼き店」がスタートした。

SST=“サミットの仕事が楽しい”へ 新たな競争軸を作る 服部哲也社長

――中期経営計画の進捗はいかがですか。― 服部 「良い×強い=最強」という言葉を掲げた中期経営計画「頂(イタダキ)2025」は、最終年度を1年延長して26年度までとした。

食品産業センター 荒川隆理事長に聞く 「食サス」設立でサステナ課題深掘り フードサプライチェーン全体の連携で

日本の食品産業は、国内外から調達された農畜水産物を原料として、健康で豊かな生活を送るために必要な加工食品を安定的に製造・供給する産業として発展してきた。