2026年3月末日から現職のサントリービバレッジ&フードの木村穣介社長は、サントリー創業者・鳥井信治郎氏から受け継がれている「やってみなはれ」の言葉が経営陣から活発に引き出されるような組織風土・文化の醸成に意欲を示す。
6月、取材に応じた木村社長は「『やってみなはれ』の前に『やらせてくんなはれ』がついている。われわれの立場(経営陣)から発するのは『やってみなはれ』だが、メンバー(社員)には『やらせてくんなはれ』を頑張ってもらう。昔よりもビジネスは難しくなっており、『やらせてくんなはれ』のマインドでチャレンジしてもらいたい。われわれとしてはチャレンジできる風土・文化を強化して残していく」と語る。
木村社長自身、チャレンジを好み、サントリー入社を志したのもチャレンジする企業姿勢に惹かれたことが大きかった。
木村社長は、1961年1月23日、サントリー山崎蒸溜所(大阪府)にほど近い場所で生まれ、1983年4月、大阪大学基礎工学部卒業後にサントリーへ入社した。
「チャレンジングな会社が好きだった。当時、頭の中にあった経営者は本田宗一郎さんと佐治敬三さん。本田宗一郎さんはすでに社長を退かれており、大学の専攻が自動車工学でもなかったため、関西の会社であるサントリーに絞られ佐治敬三さんに憧れて研究職で応募した」と振り返る。
特にビール市場へのチャレンジが魅力的に映ったという。
サントリーは1963年にビール市場に参入。2008年に黒字化するまでに46年要したことが広く知られている。
「学生時代、サントリーはウイスキーがよく売れていたものの、ビールはまったく鳴かず飛ばずで、シェア5、6%であってもやり続けるというので、面白い会社だなと思っていた」と述懐する。
大学では、カラオケの音程バーのような、リアルタイムで音の高さを認識する研究に取り組む。この研究内容を最終面接でストレートに伝えてしまっては「うけない」と考え一計を案じる。
「最終面接はでかい会議室に通され多くの役員が居並ぶ中、人事担当から『周りはどうでもいいから、佐治敬三に向かってしゃべりなさい』と言われた。関西人だから面白いことを言わないと落ちると思い『大学で音痴を治す機械を作っています』と話しかけたところ、『お前、歌、うまいんやな』とのってくださったので『音痴は治りません』と返すことができて、これで通ったと思った」と述べる。
入社後、最初に配属されたのは山崎蒸溜所。ウイスキーの多品種製造を目指し、コンピューターを駆使してウイスキー蒸溜釜のタイプ別や蒸留方法別にニューポット(樽で熟成される前のウイスキー原酒)のシミュレーションなどに取り組む。
1992年には、サントリー社内で技術系と文科系の人事交流を図る動きが起こり、食品事業部へ異動。「サントリー烏龍茶」を皮切りに、ほぼすべてのブランドを担当しマーケティング畑を歩む。
以降、サントリーグループ内でサントリーフーズの広域営業本部やサントリービールの経営企画部・マーケティング本部の本部長を務め、2018年4月にサントリービバレッジ&フード(当時・サントリー食品インターナショナル)のSBFジャパンCEOに就き国内飲料を統括。2023年1月からサントリーホールディングスでSCM・サプライチェーンの安定化・複層化に取り組む。
「再び飲料に戻ってきた。厳しい環境だが、諦めずに創意工夫すれば必ず道は開ける。この会社には、いろいろな階層で前を向いてチャレンジする社風が残されている。変化は怖いが、山登りと一緒で変化を楽しむ価値観が通底にあると思っている。うまくマネジメントしていいところを引き出していきたい」と力を込める。
