加工食品菓子扇雀飴本舗・創業100周年 社員乗せた船で道頓堀川までクルーズして米田英生社長が感謝伝える ゲストに三代目・中村扇雀さん
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扇雀飴本舗・創業100周年 社員乗せた船で道頓堀川までクルーズして米田英生社長が感謝伝える ゲストに三代目・中村扇雀さん

扇雀飴本舗は3月、創業100周年を迎えた。3月28日、大阪市立中央公会堂で100周年祝賀会を開催後、計4隻の船に社員が分乗して中之島エリア(ローズポート)から1時間以上かけてクルーズ。終着手前の道頓堀川で米田英生社長は「お陰様で100周年を無事迎えることができ、ひとえに皆様のおかげ」と感謝の意を表した。

戎橋周辺では、多くの観光客で賑わう中、米田社長を取り囲むように社員・関係者らが見守る。

ゲストに招かれて同船した歌舞伎役者の三代目・中村扇雀さんは「私の父親の代からの扇雀飴。(扇雀飴本舗の商品は)本当においしい。今後とも100周年を迎えた扇雀飴、私ともども、末永くよろしくお願い申し上げる」と呼びかける。

同社は、米田勘四郎氏・市太郎氏の兄弟によって創業。1925年(大正14年)3月、大阪本社所在地(大阪市中央区瓦屋町)で第1工場(米田製菓所)を完成し、ウサギ印ドロップ・チャイナマーブルを製造開始、1950年1月に高津(こうづ)製菓を設立した。

米田市太郎氏が二代目・中村鴈治郎さんと親交があり、中村鴈治郎さんの息子である二代目・中村扇雀(四代目・坂田藤十郎)さんの後援会長を務めていた関係から1952年7月に「扇雀飴」の製造が開始される。

「扇雀飴」缶(手前)と100周年を記念したオリジナル缶
「扇雀飴」缶(手前)と100周年を記念したオリジナル缶

「扇雀飴」の誕生について、三代目・中村扇雀さんは「神戸の会社が二代目・中村鴈治郎にあやかり『鴈治郎飴』を出していたという。父も自分の名を冠したものができたらいいと思っていたようで、ご縁があった米田さんにお願いしたところ扇雀飴を作っていただいたと聞いている」と説明する。

発売当時、扇雀ブームの追い風もあり「扇雀飴」は大ヒット。商品名が会社名よりも知れ渡ったことから1961年に扇雀飴本舗へと社名変更する。

現在、「扇雀飴」は発売されておらず、同社公式Xで限定復刻した「扇雀飴」缶と100周年を記念した「ジュースキャンデー」入りオリジナル缶のセットが抽選で500人に当たるキャンペーンを4月10日まで実施している。

「扇雀飴」缶には「黒あめ」と「梅あめ」の和風キャンデーが詰められている。

サンプリングの様子
サンプリングの様子

28日には、感謝を伝える施策としてサンプリングを実施。道頓堀橋と戎橋の間の南北2カ所にブースを特設して「はちみつ100%のキャンデー」と「幻の柑橘 直七のど飴」各1000袋を道行く人たちに無料配布した。

「大阪 道頓堀 広告ジャック」も実施。TSUTAYA EBISUBASHI店の巨大デジタルサイネージに100年の歴史を振り返った記念動画を3月24日から30日までの計7日間放映。
28日にはサンプリングに伴い、道頓堀川にLEDアドクルーズ船も運行した。

これらの施策は、“扇雀飴らしさ”の1つであるチャレンジ精神に倣ったものとなる。

米田市太郎氏は、家庭にテレビが普及し始めた1962年には飛行機をチャーターして大阪の上空からビラ7万枚を撒くという斬新なPRを実施した。拾った人の中から「大阪上空遊覧飛行」への参加を募り、当選者をスポンサーを務めるテレビ番組で発表して話題を呼んだという。

「大阪 道頓堀 広告ジャック」も実施
「大阪 道頓堀 広告ジャック」も実施

【写真】扇雀飴本舗 創業100周年記念クルーズの様子

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