「花」と「酒」。どちらも古来、人を惹きつけてやまない存在である。
花を添えた酒ギフト、花で香りづけしたリキュールなど、両者を生かした商品も存在する。だが、酒の醸造そのものに花を使うという発想は、これまでほとんどみられなかった。
花から抽出した「花酵母」で発酵させた米焼酎をベースとするカクテル「Enju(えんじゅ)」。開発したのは、Z世代起業家が立ち上げたスタートアップ企業「Ichido」だ。
代表の渡邉優翔氏は、福島県須賀川市で600年続く大桑原つつじ園の26代目次期当主として2000年に生まれた。(写真下記事続く)
大学1年生の終わりごろにコロナが始まり、授業はオンラインに。観光庭園である家業もピンチに直面するなか、当時19歳だった渡邉氏はクラウドファンディングで300万円の調達に成功した。
「家業を継ぐ予定ではあったが、花を売ったり見せたりといった単純なビジネスモデルから脱却したいとも思っていた」。渡邉代表は語る。
「日本では花を愛でる文化が1300年くらい前からあるのに、『その先』が創り出せていない。視覚、嗅覚、触覚の次は、味覚だと考えた」。
着目したのが、通っていた東京農業大学で研究されていた「花酵母」による酒づくりだった。教授や大学の支援も得て、つつじの花酵母の採取を開始。22年には会社を設立した。
つつじを町花とする縁で学生時代から交流があり、震災復興にも関わってきた福島県双葉郡富岡町に本社を設置。大部分が帰宅困難地域となっていた富岡町の町民が愛する、夜ノ森の桜からも花酵母を採取した。
「花酵母のことをより多くの人に知ってもらいたい」との思いから、その良さを最大限に引き出すことを目指して開発したのが「Enju」だ。
〈TSUTSUJI〉〈SAKURA〉の2品。それぞれの花酵母で醸造した米焼酎をベースに果汁などの自然素材だけを加え、度数5%の飲みやすいリキュールに仕上げた。飲み終えた後もフラワーベースとして使える、上質なボトルデザイン。「お酒を贈るときのファーストチョイス」としたい考えだ。売上の1%は、被災地を花で活性化するプロジェクトや被災地の花生産者支援に寄付する。
「世界を1°変える」
「花酵母で発酵させると、香気成分が通常のお酒より5~10倍くらい多くなる。たとえばツツジならリンゴの香りが感じられ、甘みも強い」。
花の種類だけでなく産地によっても酵母の個性が異なるといい、開発の可能性は無限大。バラ、コスモスなど季節ごとの花酵母を使い、季節感を演出するギフトとしての提案ももくろむ。
百貨店などのほか、同社ECサイトでも販売中。各展示会の商談ではバイヤーからの評価が高く、人手不足に悩む飲食店でも手軽に出せるカクテルとして好評だという。
「目指すのは地域に根付くビジネス。福島は日本酒のイメージが強いが、花酵母によって香りを打ち出した焼酎で、福島全体を盛り上げていきたい」。
花酵母の美容や健康に関する機能についても研究を進め、いずれは化粧品や健康食品などへの進出も視野に入れる。
「1°の視点でも変えれば、世界はよくなる」との思いが込められた社名「Ichido」。そのチャレンジは、花業界、酒類業界の双方に、これまでとは少しだけ違った視点を与えてくれそうだ。
「Enju」公式サイト https://enju-cocktail.com