文化人類学者で静岡文化芸術大学文化政策学部国際文化学科准教授の武田淳氏は10月1日、全日本コーヒー協会(全協)が主催する「COFFEE DAY フェス 2026 in 名古屋 〜コーヒーの今と未来を考える〜」に招かれ「コーヒー2050年問題のその先へ」と題し、コーヒーの持続的な生産に迫る危機と現在議論されている適応策について講演した。
武田氏によると、巷間言われるコーヒー2050年問題は、2015年に発表されたクリスチャン・バン氏らの試算によるシミュレーション。
試算によると、温暖化が進んだ場合、コーヒーの栽培に適した地域が2050年までに2015年比で半減する。
種別では、インスタントコーヒーなどに使われるカネフォラ種の適地が54%減、スペシャルティコーヒーなどに使われるアラビカ種の適地が49%減になると試算する。

この試算について、武田氏は、生産量に触れたものではなくあくまで適地論であるとした上で「これまで『どの地域でコーヒーが採れなくなる』、あるいは『どの地域で採れるようになるのか』が議論の中核だったが、大事なのは『コーヒー2050年問題』のその先にある。実務の現場では『どのように将来のコーヒー産業を支えるか』かが課題となっている」と指摘する。
顕在化しているコーヒーの持続的な生産に影を落としかねない事象としては。気温上昇と降水量の変化、熱帯低気圧の大型化、高まる病害虫リスクを挙げる。

近年、異常気象により世界のコーヒー生産量の50%弱を占めるブラジルとベトナムで不作が発生。ブラジルでは2021年に霜害、23年と24年に大規模な干ばつが起き、ベトナムでも23年に高温と干ばつが影響して収穫量が大幅に減少した。
ホンジュラスでは2020年に過去最大級のハリケーンに見舞われ、コーヒー農園の約60%が壊滅的な被害を受けた。
「気温が上がり、雨が降ると、さび病などの感染症の発生リスクが高まる。農園はコーヒーノキがたくさん植わった蜜の状態であり、ひとたび病気が発生すると一気に広がってしまう」と警鐘を鳴らす。
調査対象国の1か国であるパプアニューギニアではコーヒーノミキクイムシによる食害・CCB(Coffee Berry Bore)を目の当たりにする。
「この害虫は寒さに弱く標高の低いところでしか育たなかったが、温暖化の影響を受けてアラビカ種のコーヒーが盛んに作られる標高1500メートルを超える地帯まで繁殖地域を広げている」と語る。
不安材料が多くある中で、標高が高すぎて収穫量が少ないコロンビア・エチオピア・パプアニューギニアの標高2000メートルを超える地域が、今後は適地になるとみている。
品種改良では近年、病害対策から、気候変動下でもおいしいコーヒーを作ることへ研究者の関心の的が変わりつつあるという。
おいしさと耐病性を両立させた品種の1つとして「Rume Sudan(ルメ・スーダン)」に注目する。
同品種は、南スーダン周辺で発見された野生系統で、野生の森に自生していたのを地元住民の協力のもと研究者が発見したものとなる。
同種の発見により、野生の森にさらなる新種発見の可能性が浮上。
「今、出回っているコーヒーの多くは、先祖を辿るとイエメンに行き着く。イエメンに渡った豆はアフリカ大陸に存在する品種の一部に過ぎず、未知の有用な種が存在する可能性があり、研究者は野生の森に注目している」と期待を寄せる。
品種への注目からコーヒー生産者以前のサプライチェーンの重要度が増す。アラビカ種だけを高品質コーヒーの中心と考える発想そのものも見直され、「ファインロブスタ」や「スペシャリティロブスタ」と呼ばれる高品質化したカネフォラ種ロブスタ(ロブスタ)の潮流がみられる。
その主要国とされるウガンダではロブスタを正当に評価してほしいとの生産者の声が上がり正当評価の取り組みが進められている。
コスタリカではこれまで法的に禁止していたロブスタの栽培を解禁。コロンビアでもロブスタの導入が検討されている。
ロブスタはアラビカ種よりも高温に強い一方、乾燥には弱いことも分かってきたことから、エルニーニョ現象が不安材料となる。
「国連が今警告するエルニーニョ現象は過去1000年でも例を見ないほど強い可能性がある。エルニーニョが発生すると、東南アジアやパプアニューギニア、オセアニアでは乾燥がどんどん進んでいく。一大産地のベトナムやインドネシアの干ばつがロブスタの生産を脅かす可能性も指摘されている」と述べる。
コーヒー栽培には広大な土地を要し農地を開墾するために森林伐採が行われている実態がある。
EUが導入を進めているEUDR(森林デューデリジェンス義務化規則)は、コーヒー、カカオ、大豆、牛肉、木材など森林減少と関係が深いとされる商品を対象に、森林破壊と無関係であることを証明できなければEU市場で流通させないことを求める規制となる。
ただし、これは「その実行に伴うコストや手間は生産者の肩にのしかかる」規制でもあることから、生産国や事業者などの反発を受け、EUDRは度々延期されている。
こうした中、武田氏は、延期されつつも撤回されていないことに着目する。
「EUにとってEUDRは『やったほうがいいこと』ではなく市場に参加するための絶対条件にしているところが大きなポイント」との見方を示す。

今後の論点は、生産者任せになりがちなEUDRへの対応を誰がどのように負担するかにあるという。武田氏はコスタリカなどの好事例を紹介する。
コスタリカでは、EUDRへの対応を国家として引き受けることを宣言し仕組みづくりを進めている。「森林伐採ゼロ認証」と称する森林伐採の有無を判定するサービスを提供している。
フェアトレード・インターナショナル中南米の下部組織(CLAC)はフェアトレード認証を受けている生産者に対して位置情報を記録するアプリケーション提供するとともに使い方の研修を実施している。
パプアニューギニアでは、グリーンコーヒー商社のECOMが取引のある農家情報、農地位置、GPSデータなどを収集・管理するシステムを整備。同システムは、通信環境が整っていない農村でも簡単に使えるように設計されているという。
「コーヒー2050年問題は適地論だった。しかし、今、議論されているのは『どこで作るか』『何を作るか』『誰が支えるか』『どのようなルールで届けるか』。つまり『産地をどう作り、どう支えるか』が未来を拓くカギ」と締め括る。
