2011年3月に発生した東日本大震災は、宮城県沿岸部の農水産業に甚大な被害をもたらした。地域食品企業にとって、農水産物を原料とした高品質な食品開発を通じた復興支援、食品産業の活性化を図ることは喫緊の課題だ。
県内の食品企業51社が加盟する宮城県食品産業協議会(食産協)の淺見紀夫会長(一ノ蔵)は「地元食材の良さを生かし「オールみやぎの食品づくり」を目指す。産学が連携し、中小事業者単独では難しい科学的根拠・データに基づいた食品開発を支援したい」と意欲を示す。
その技術支援の中核を担うのが、食品バイオ加工、素材分析など最先端の技術シーズを有する東北大学だ。2014年に宮城県食産協は東北大学などと連携し「東北食品研究開発プラットフォーム」を発足。その後、福島県、山形県の食産協も加わり、東北の産学連携の枠組みとして付加価値の高い製品を生み出している。
はたけなか製麺(宮城県白石市)が発売している「無塩ゼロ温麺」もその一つ。乾麺の乾燥スピードを制御し、品質を安定化する上で食塩の使用が欠かせないが、東北大学大学院農学研究科の技術支援により無塩での製麺が実現した。健康志向により乾麺市場でも無塩・減塩ニーズは高まっており、そうめん・うどんなど他の乾麺製品にも拡大展開されている。
農林水産省「『知』の集積と活用の場」から発足したコンソーシアム「高付加価値日本食の開発とそのグローバル展開」での商品開発も活発だ。東北大学のほか東京大学、大阪大学や宮城県食産協企業、キッコーマンなどが参画。機器分析や官能評価のノウハウを活用し、和食・日本酒の味わい、香りなど海外市場の嗜好性に適合できるよう商品設計・販売戦略に落とし込む。
一ノ蔵(宮城県大崎市)が昨年4月に発売した「酒+(プラス)」は、5年に及ぶ同コンソーシアム活動の成果だ。外国人による官能評価も実施し、もともと海外向けとして開発されたもので、「今後、欧米やシンガポールなど海外展開に向けた準備を本格化させる」という。
昨年4月、東北大学「次世代食産業創造センター」(阿部敬悦センター長)に「フード・マテリアル」部門が新設された。「東北食品研究開発プラットフォーム」も組み込まれ、今後の付加価値食品開発や食品分析・評価など産学連携をリードする。その活動の鍵となるのが、来年4月に同大学青葉山キャンパス内にオープンする「次世代放射光施設(ナノテラス)」だ。
東北大学・放射光生命農学センター長の原田昌彦教授は「放射光(X線)を照射することで、食品の内部構造を非破壊で可視化・データ化できる。例えば、枝豆のゆで時間と軟らかさの関係を可視化したが、枝豆が外側からでなく内側から軟らかくなるメカニズムを解明できた。これを応用すれば「硬め」「軟らかめ」など消費者の嗜好に応じた商品提案、ブランド化につながる」と語る。放射光により、舌触り、まろやかさ、キレ、コクなどの評価・分析も可能だ。これまで「経験と勘」に頼る部分が大きかった伝統的な食品開発に、科学的根拠・データに基づいた技術・手法を導入することで、新たな価値創造への期待が高まっている。