今年は関東大震災から100年という節目の年にあたり、これから「防災週間」(8月30日~9月5日)や「防災の日」(9月1日)に向けて様々なイベントや催しなどが開かれ、防災食の需要も高まることが予想される。スーパーやホームセンターでも防災コーナーを開設し、生活者に防災対策を促す。
ひとこと防災食といっても、自治体や公官庁、学校、会社など法人系で提供される防災食(備蓄食)。スーパーやホームセンター、ECなどで購入し、自宅に持ち帰って消費される防災食。もう一つは普段の食品を多めに買って、ローリングストックしながら自宅で消費するものなど、提供場所や購入場所、消費する場所および商品の形は多種多様となっている。
業種、業態、事業内容の違いはあるものの、防災意識の高まりや防災需要の高まりは防災食業界、流通業界の共通の願いであるはずだ。そこで今回の「防災食座談会」は、業種、業態、事業内容の枠を超え、この場を通して各社が防災食に対してどう取り組んでいるか、これからどのような取り組みをしようとしているのかを話し合い、防災意識の高まりや防災食需要の高まりにつながればと思い開催した。
“料理する派”のローリングストック 「いつも」のわたしが「もしも」を助ける。
味の素 食品事業本部東京支社東日本広報グループマネージャー 大和田梨奈氏
当社がこの1月にWebサイト「味の素パーク」にて公開いたしましたスペシャルコンテンツ「“料理する派”のローリングストック」について、この企画立案を担当いたしました私から制作の経緯を含めてご紹介します。サイトのコンセプトにおいて、皆さまとの今後の協働を視野にポイントを共有させていただきます。「“料理する派”のローリングストック」は、防災食において、特に普段から「自ら料理する」生活者をターゲットとし、ターゲットの意識醸成や変容を目的に制作しました。
具体的には、食材の家庭備蓄およびその活用法である「ローリングストック」において、普段から「自ら料理する」生活者であれば、日常の調理行動、つまり「いつも」の応用で十分対応が可能である、という点に気づいていただくことです。視点としては「①食材の選び方、②調理法、そして③栄養面での配慮」の3つになります。
まず1つ目は「食材の選び方」です。備蓄食材の基準を「いつものスーパーで常温で売っているもの」としました。そして、野菜売場でもイモ類はもちろん、にんじん、玉ねぎなどの根菜類や、ピーマンやトマトについても住まいの地域や季節によって常温で売っている場合にはこうした食材も活用ください、とご案内をしています。「たまご(鶏卵)」についても同様の考え方で、活用レシピをご提案しています。
2つ目の「調理法」です。加熱調理におけるカセットコンロの活用可能性に力点を置きました。加熱が必要な調理において基本的にはフライパン1つで対応可能とすることを前提としています。それ以外は、調理上の細かい指定を行っていません。そのうえで、「もしも」の際にはカセットコンロで調理ができることをご案内しています。普段から「自ら料理する」生活者に気づいていただきたいのは、カセットコンロが様々な調理に活用できるということだと私は考えています。というのも、私は2013年から4年間ほど、「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」と称し、東日本大震災の被災地の復興応援プロジェクトとして、岩手、宮城、福島の3県を中心に仮設住宅を訪問し、移動式料理教室の広報を担当しました。その間、現地にも何度も訪問し、カセットコンロ調理は欠かせませんでした。「防災」と食を考えるとき、カセットコンロは必要不可欠だと東北の地から学びました。身近なものでありながらなかなか気づきにくいことだからこそ、この点をご案内したいと考えています。
3つ目の「栄養面での配慮」の視点では、備蓄食材を活用した1日3食の献立イメージを可視化し、「いつも」と変わりのない献立になることを紹介しています。そして、この1日分の献立イメージは、成人女性1日分の必要栄養素に対応した設計としています。これは東日本大震災や熊本地震において避難所で必要とされる栄養素よりも全体的に少し控えめですが、このコンテンツのメーンターゲットは「普段から料理する」層のうち、特に30代、40代の女性であることから、こうした層の皆さまの「いつも」に基点をおいて設計しました。
この3つのポイントを押さえて「“料理する派”のローリングストック」を整理すると、一つの答えにいきつきます。それは「(備蓄食品の)ちょっと多めに買い置き&先入れ、先出し」に尽きる、ということです。「“料理する派”のローリングストック」には、副題として『「いつも」のわたしが「もしも」を助ける。』というメッセージを添えています。これは、普段から「自ら料理する」生活者にとって、このコンテンツを「状況にかかわらず続けられる、安心感のある食生活は何か」という視点で「日常から備える防災」を考えてもらうきっかけにしてほしい、という願いを込めたものです。
昨今の気象状況やコロナなどの経験から、予期せぬ在宅生活を余儀なくされる可能性について多くの生活者が潜在的な不安をもっている今だからこそ、普段から特別に構えることなく、「もしも」に備えていく提案は必ずや新しい市場の創出につながっていくと考えます。「もしも」を念頭においた食生活は実は「簡便調理」や「時短」につながる要素でもあり、かつ、自身が守りたい「いつも」の味を確保するための工夫でもあります。食材について極力、生ごみを発生させないための配慮をするとか、調理以外の水使用量を極力抑えるための工夫といったように、フードロスの視点や、水資源の保全という視点でもあれこれ考えるきっかけにもなりえますから、「いつも」の生活にも役立つ前向きな学びの機会にもなると考えています。
味の素社の商品は、その多くが賞味期間1年程度、加えて1回使い切りであったり、「ほんだし」のような顆粒調味料であれば常温保存が可能であったりと、「“料理する派”のローリングストック」のコンセプトに対応することができる設計です。「日常から備える防災」を考えてもらううえで、そこに寄り添う当社商品はいわゆる「定番品」、いつでもどこでも買えるものこそ相応しい、と考えるからです。「“料理する派”のローリングストック」はこの秋以降、新たなレシピを追加していく予定です。現在私は同僚の管理栄養士とともに弊社の「ほんだし」や「Cook Do」シリーズ、また「鍋キューブ」などを活用した「いつも」と「もしも」どちらでも有用なメニューの開発を進めています。
なお今年の1月に「“料理する派”のローリングストック」を新規公開するにあたり、直前で断念したテーマが一つあります。それは「いつも」でも「もしも」でも活用できる食品の収納方法です。(「おいしさ」や「栄養」に関する知見とは異なり)当社の持ち合わせには限界があり、農林水産省さまの提唱されている収納方法に当社の知見も加えながら提案することは(この時点では)少しハードルが高いと判断しました。そこで、皆さまのお知恵をお借りしながら、普段から「自ら料理する」生活者の皆さまが楽しく構えずに始めることができるような収納の提案もできるとしたら、大変うれしいことです。
個人向け商品の拡充を目指す 新提言「おいしさと笑顔をストック」
尾西食品 代表取締役社長 古澤紳一氏
当社は、一般の食品会社とは少し異なり、主に長期保存食を発売している会社です。主戦場は自治体や学校、病院、企業などで、行政官庁の備蓄倉庫にも当社の備蓄食が入っています。東京都の都条例では最低でも「3日分の食料や飲料水」の準備を求めていますが、そうした場所に当社商品を備蓄していただいているケースが非常に多いわけです。
これらは、戦時下の日本において軍事食糧として納入され、大変好評を得ました。戦後は、食糧不足を解消する栄養食として広がり、より安心して、よりおいしく食べられる非常食として開発が進められ、自治体や企業備蓄として定着しました。
当社の創業は1935年(昭和10年)です。当社のカタログの表紙には潜水艦が載っていますが、創業者の尾西敏保は、潜水艦乗務の経験を通し、火を使わず、水を注ぐだけで食べられるアルファ米を開発しました。昔の潜水艦は、煙が出ると人に見つかってしまうため、火を起こせず、乾パンのようなものしか食べられませんでした。そこで、どうにかして火を使わず、水を注ぐだけでご飯が食べられないかと考えアルファ米を開発しました。これが当社の創業のきっかけになりました。つまり最初は軍事食から始まったわけです。その後、軍事食の時代が終わり、備蓄食として平和利用しようということになりました。
しかし、この時点でも実はアルファ米はあまり使われませんでした。アルファ米は、どちらかというとアウトドアや登山、海外に行く人などが食べることがメーンでした。例えば植村直己さんのような冒険家であり登山家の人たちが、アルファ米を持っていかれるというのが主な出発点でした。
その後、大きく影響を受けたのが28年前の阪神・淡路大震災でした。当時、防災食と言えば乾パンしかなかったため、被災地では温かいものが食べられず非常に困ったようです。当社の宮城工場はこの時に建設されました。その後、特殊なアルミ包材や酸化防止剤が開発され、それらをアルファ米に使用することで賞味期限が5年間保てるようになりました。その結果、今では長期保存食の№1メーカーになりました。アルファ米の発売は、すごく昔からと思われがちだが、実は阪神・淡路大震災がきっかけです。どちらかというとアウトドアの商材から始め、現在のような企業になったわけです。
アルファ米の最も大きな特徴は水でもどせることです。熱源がなくても水さえあれば普通の食事ができます。そのためアルファ米は宇宙食としても使われ、2007年には4つのアルファ米食品がJAXAによる「宇宙日本食」に認証されました。最初、長期保存食は2、3種類しかなかったが、今ではアルファ米ごはんの21種類のほか、パン類、麺類、クッキー類などを発売しています。
また、大きく変わったきっかけは、12年前の東日本大震災でした。当時、東北の被災地では、アレルギーのあるお子さんがいるお母さんやお父さんが非常に困り、ノンアレルギー商品の開発が課題でした。被災地から、子どもたちに食べさせるものがなく困ったという声が多く聞かれました。特に官公庁からノンアレルギーの商品を供給してほしいという要請が高まりました。今では全売上の3分の2をアレルギー物質28品目不使用商品が占めています。特に官公庁や企業は、アレルギーを非常に気にされる方が多く、恐らく当社はアレルギー物質28品目不使用食品を扱っている№1メーカーではないかと思われます。
当社の使命は12年前までは「いつでも、どんな時にも、おいしい商品を届けよう」ということでしたが、今では「誰でも」という言葉を加えています。そしてちょうど今年から「おいしさと笑顔をストックする」という新たな企業メッセージに変えました。その理由は、もう少し消費者に近い形で進めようということと、SDGsの観点から、災害時などどんな時にでも、誰一人取り残さないような食事を提供することをモットーに掲げ、それには必ずおいしい商品を届けることだと思ったからです。そしてこれが当社の原点になっています。
今後の方針としては、ここにきて個人向けの消費が非常に高まっており、個人向け商品の拡充を進めています。
当然のことながら、おいしいものが前提ですが、さらに言えば分かりやすい商品であることも大事です。当社の個人向け商品の中で一番売れているのは非常食用の「携帯おにぎり」です。8年前から発売したが、お湯か水を注ぐだけの簡単調理ができます。握る必要がなく手が汚れないので、災害時はもちろんのことキャンプや登山など、様々な場面で食べやすいことが特徴です。災害時でもスプーンなどを使わず、お湯か水を注ぐだけでおいしい三角形のおにぎりが食べられるため、今では非常にヒットしています。企業の備蓄用のほか、個人がキャンプや登山などアウトドア用に使うケースも多いようです。
個人向け商品としては2021年から「壱番屋」さんとのコラボ商品として「CoCo壱番屋監修 尾西のカレーライスセット」も発売しました。これはアルファ米とカレーのセットですが、非常時でも、誰にとっても美味しいカレーを食べて元気になってほしいという想いから開発しました。アルファ米を水でもどし、これにカレーをかけるだけですが、非常時でも日常でも、「ココイチ」の味と雰囲気を感じられるカレーライスに仕上げました。また、昨年から「一汁ご膳」も発売しました。避難生活が長期化すると、慣れない環境でのストレスによる食欲低下、また、ご飯やパン、麺など炭水化物を中心とした食事が続くと、野菜やおかずが不足しがちで、健康維持が難しいことが予想されます。「一汁ご膳」は、野菜が入ったレトルトスープとアルファ米がセットになっており、1食でごはんと野菜がとれます。また、お膳として利用できる箱にスプーンが入っており、外箱を組み立てれば片手で持つことができ、お膳の代わりにもなります。災害時にテーブルがない時には、ご飯と汁物の両方を持ったらスプーンを持てないが、「一汁ご膳」を二つに折ればテーブルの代わりになり、一つのお皿でスプーンを持って汁物とご飯が食べられるわけです。これらの商品は、個人の方にアルファ米をどう活用すればいいかを分かってもらうために開発しました。
また、数日前から店頭に並び始めている新商品があります。通常、アルファ米はお湯で15分、水で1時間でもどりますが、今回発売した新製品は、水を入れ、電子レンジで3分、その後に3分待つだけで、お湯でもどすよりはおいしいアルファ米が食べられる商品です。すでに官公庁や自治体、企業の方にも試食していただきましたが、どちらかというと個人向けの商品です。味の素さんを含め食品メーカー各社は、普段の食品を少し多めに買い置きし、古いものから消費し、消費した分を買い足すローリングストックを推奨していますが、当社もどちらかというと防災食を、より身近に感じてもらうため、個人の生活に合ったような商品を出していきたいと考えています。賞味期限が5年の商品でも、5年経ったら捨てられてしまわないよう、災害時だけではなく、通常でも食べてもらうことが当社の願いです。
当社の社員、特に営業マンは防災士の資格を取得しています。官公庁や企業向けに営業させていただいている営業マンには、災害時における備蓄の専門家あるいは食の専門家として防災士の資格は必要です。また個人の方にも、いざという時に役立つ情報をお伝えすることが使命だと考えています。
(つづく)