三井農林の「日東紅茶ミルクとけだすティーバッグ」(以下、ミルとけ)シリーズは、一社員の「ティーバッグ一つでミルクティーを作りたい」との想いが結実して2021年8月に発売開始された。
同商品はパウダーのミルクティー商品とは一線を画し、紅茶葉の味わいをダイレクトに楽しめる本格的なミルクティーとして注目を集め、「日東紅茶」ひいては紅茶業界に革新をもたらし、いまだ進化を続けている。
9月9日、「ミルとけ」製造拠点の藤枝工場(静岡県藤枝市)で「ミルとけ」生みの親である冒頭の社員・天野貴浩さんらが取材に応じ、開発の経緯や今後の展望が明らかにされた。

“贅沢飲み”に伴う煩雑さから着想
天野さんが「ミルとけ」を着想したのは2015年。
当時、市場開拓室に所属していた天野さんは、ロイヤルミルクティーを代表とする家庭用の粉末商品や業務用・自販機用の液体商品などの商品開発に携わっていた。
寒い時期には、茶葉からミルクティーを淹れるのを朝のルーティーンとしていた天野さん。業務に携わる中、ティーバッグの「デイリークラブ」とパウダーの「ロイヤルミルクティー」を混ぜる“贅沢飲み”という飲み方を知った。
茶葉から淹れたミルクティーも“贅沢飲み”も味わいはもちろん美味しいのだが、作る際にゴミが出てしまい、スプーンを洗う手間もかかってしまう。そこから「ティーバッグ一つでミルクティーが作れたら便利だな」と思ったのがきっかけだった。

アイデアが具体化したのは2016年頃。
通常、新商品は商品企画部からアイデア出しを行うことが多いが、開発担当者から商品のアイデアを広く募るという機会があり、ここで温めていたアイデアを発表した。
社長へのプレゼンテーションなどを経て企画が採用され、天野さんは自らメンバーを集め少人数のプロジェクトチームを結成した。
「ティーバッグの商品開発は別の部署が行っており、私はティーバッグに関する知見はほとんどなかったため、茶葉、フィルター、設備等に関しては勉強しながら開発を進めた。ティーバッグに茶葉やクリーミングパウダーを手作業で詰めては、試行錯誤を繰り返した」と振り返る。

味づくりでは、茶葉の産地や茶葉のグレード(大きさ)、クリーミングパウダーの種類、大きさを変えて試作し味のバランスを決めていった。
味わいはフィルターの素材によっても左右される。抽出に時間を要する素材や中身がこぼれやすい素材などがあり、原料とのバランスに悪戦苦闘する。
通常業務の合間に開発を進め、課題の検証・改善を重ねた。その結果、試作は数百パターンに及んだ。その積み重ねによって、天野さんは「ミルとけ」への自信を確かなものにしていった。
「明確なイメージがあったため、見えているゴールに向かって動くだけだった。自分と同じように、ミルクティーを手軽に作りたいというニーズは確実にあると感じており、絶対に話題になると確信していた」と語る。
2020年にはテスト販売に漕ぎつける。
当初は有糖で設計していたが、砂糖を気にする声を受けて無糖に変更した。
「甘みは消費者が好みに応じて後から足すことができると同時に、無糖というのはひとつのコンセプトになり強みになると考えた。私が無糖ミルクティー派だったことも大きい」と述べる。
構想から約6年。2021年8月、「ミルクとけだすティーバッグ オリジナルブレンド」と「同 アールグレイ」の2品が晴れて世に出る。
発売が決定した日は「やっと日の目を浴びたと感無量の思いだった。紅茶を扱う会社で開発の仕事をしているので、紅茶の世界で話題になる商品を出したかった。その思いもやり遂げたという心持ちになった」という。
研究者としても、既存商品のフレーバー違いではなく、無から有を生み出す達成感が得られたという。製造方法で特許も取得した。
受け継がれる「ミルとけ」 新商品は「黒糖烏龍」

「ミルとけ」は発売後、「日東紅茶」史上最大規模で話題化される。
「SNSでバスり、馴染みのTV番組でも紹介され、どこか他人事のように感じるほどだった」と天野さんはそのときの心境を吐露する。
発売開始から5年目を迎えた現在。「ミルとけ」は嗜好品売場での定番の地位獲得に向けて着実に歩を進めている。
天野さんは現在、SCM購買本部購買部鑑定室に所属し茶葉の買い付けを担当する傍ら、「ミルとけ」の展開を見守る。
「担当から外れて以降も、仲間がどんどん増えていく感じがする。それと同時に、ファンとの共創商品ではカモミールティーが発売されるなど、様々な可能性があることにも改めて気付かされた。ティーバッグに茶葉と何かを加える、というプラットフォームは確立できており、あとは組み合わせ次第」と今後の商品開発にエールを送る。
現在の「ミルとけ」を含むパウダーや液体系の商品開発を取りまとめているのが、R&D本部応用開発部市場開拓室室長の米澤洋朗さん。
米澤さんは、今年8月に発売開始した新商品「黒糖烏龍」に自信をのぞかせる。
同商品は、シリーズ初となるウーロン茶に、黒糖フレーバーを掛け合わせたもの。
外食メニューや飲料などで黒糖フレーバーの人気が高まる中、嗜好品では黒糖フレーバー製品が少ないことに商機を見出す。
「市場開拓室のメンバーと商品企画部のメンバーとで、毎月『ミルとけ』に特化したワークショップを行っており、新しいアイデアがどんどん生まれている。『黒糖烏龍』はその中で生まれたもので、紅茶とは違ったおいしさがある」と米澤さんは胸を張る。

製造にあたっては、パウダー商品を長年研究開発してきた知見が活かされている。
「例えば、黒糖が固まりやすいといった課題に対しては、これまでのパウダー商品で蓄積された知見を活用して乗り越えることができた」という。
「ミルとけ」のさらなる成長に向けては、総合カフェブランド化への再チャレンジを検討していく。
総合カフェブランドとは、「ミルとけ」の組み合わせが無数にあることから、紅茶やお茶に留まらずコーヒーやココアなどの嗜好品を幅広くカバーするブランドを意味する。
2023年8月、「ミルクとけだす珈琲バッグ カフェラテ」と「同 キャラメルラテ」の2品を新発売して砂糖不使用のラテ市場に挑んだが、発売後に製造面の課題が浮上し終売を余儀なくされた。
米澤さんは「『ミルクとけだす珈琲バッグ』で浮上した課題をクリアするとともに、ティーバッグというより、本格的な飲料を楽しめるシリーズとして『ミルとけ』を広げていきたい」との青写真を描く。

天野さん、米澤さんともに「ミルとけ」の飛躍な成長に期待を寄せる。
天野さんは「これまでティーバッグと言うと、ストレートティーかフレーバーティーしかなかった。『ミルとけ』は第3のカテゴリとして市場に定着してほしい。パウダー商品ではなしえない、ティーバッグならではの本格的なミルクティーが当たり前になったら嬉しい」と期待する。
米澤さんも「世界を見渡しても、ティーバッグ一つでミルクティーが楽しめるという好例は少ない。『ミルとけ』は、パウダー・ティーバッグともに強みをもっている当社だからこそ作れた商品。いずれは、紅茶をよく飲む海外の地域などでも、『ミルとけ』でおいしいミルクティーを手軽に楽しんでほしい」と語る。
「ミルとけ」を支える製造現場

「ミルとけ」の展開を下支えするのが藤枝工場のメンバー。
行本考潔工場長は「当社では、これまでティーバッグやスティックタイプなど紅茶の新しい楽しみ方を提案してきた。そのひとつである『ミルとけ』の拡大に貢献できるよう、製造面に磨きをかけていく」と意欲をのぞかせる。
現に、「ミルとけ」の製造ラインは進化を遂げている。
2021年8月の発売開始当初は手作業によるところが多かったが、設備投資を行い段階的に自動化し生産効率を高めている。
藤枝工場第一部副部長の山崎祥宏さんは「当初は茶葉とクリーミングパウダーという2つの原料を同時に充填できる充填機を使用していたが、将来の展開を見据えて、より幅広い商品開発に対応できるように2022年に4種の異なる比重の原料を同時に充填できる機械に差し換えた」と振り返る。

現在の商品は、複数の原材を予め混合したパウダーと茶葉という2種の原料を充填したものとなっているが、製造ラインの進化により、様々な展開への可能性が広がった。
製造ラインには新充填機を2台設置し、1日あたりの生産量はおよそ6倍以上になった。
充填エリアは正確には2階構造となっている。上階の茶葉用のタンクとパウダー用のタンクから、パイプを通じて原料を下層の充填機に投下。原料が充填された三角ティーバッグが4個ずつ袋詰めされ、1ケース6袋入りの荷姿で出荷している。
現在、作業の大部分は機械化されており、不良品やパッケージの印字なども自動判別される。

藤枝工場第一部製造第三室主任の落合俊之さんは「ライン設立時から、省人化を重視した。『ミルとけ』のラインは、梱包材の補充や製造状況を確認する2人のオペレーターと1人のサポート役の計3人で回している」と語る。
発売当初に導入した旧充填機は、イノベーションルームに移され試作品や少量生産用として活用されている。
行本工場長は「原料が茶であればある程度想像はつくが、パウダーの流動性などは実際に充填機に入れてみないとわからないことも多い。試しに充填をして、課題を洗い出してから本生産に移行する」と説明する。

「ミルとけ」の商品力については「抽出の良さを活かし、茶葉の香りや甘さをしっかり楽しめる。今後も様々なバリエーションが見込める、とても可能性のあるシリーズ。新商品の『黒糖烏龍』も、ウーロン茶の茶葉の香りを楽しめるような設計」と胸を張る。












