地球を回す第一線の研究大学へ インパクトある産学連携を提言 東京農工大学・千葉一裕学長

「日常的に出回っているので学長室は2坪もあれば十分」と語る千葉一裕・東京農工大学学長は、スタートアップ企業を自身で立ち上げて成功させ、UAEでは砂漠緑化計画にも携わった経験を持つ“超現場主義者”だ。創基151年目に入った同学は、情報発信を国内外に向け一層強化している。千葉学長に食と農についての考えと今後の取り組みを聞いた。

――先週7日、経団連で生物多様性について講演をされましたね。講演の骨子についてお聞かせください。

千葉 「生物多様性」は食品の生産にも大きくかかわる問題です。講演ではその実現に向けた新たな事業構想について話しました。自然は、現代社会の基盤を形成する豊かなサービスを提供していますが、一方で自然も生物多様性も急速に失われ続けており、危機的な状況です。ところが、どういった形で危機につながるのか、一般の方にはまだ浸透していません。これが社会に影響を及ぼす因果関係について解明していく必要はありますが、現状はそれを待っていたらもう間に合いません。

――デッドゾーンが迫っている。

インタビューの様子(㊧千葉一裕学長と弊社社長山口貢)
インタビューの様子(㊧千葉一裕学長と弊社社長山口貢)

千葉 ファクトをベースにやるべき道筋を定め、生物多様性の保全に向けた事業に今すぐ投資する必要があります。ただし私は収益性を確保することが重要だと思います。通常、大学関係者からこういった話は出ないでしょうが、収益の確保まで想定していない事業はプロジェクト化しても短期間で終了してしまう。

生物多様性が脅かされている問題は、すべての人の命にかかわること。自然を守りながら事業性をどのように出すかという問いに対する解を当大学で示していきたい。そういった内容をお伝えしました。

――国内農業では気候変動が与える生産物への影響もクローズアップされています。

千葉 全国的に気温上昇が止まらず、農産品の生産地は徐々に北上しています。一方で高温障害などにより生産が難しくなった南方では何を生産すればよいのか、という話もある。天候変化だけではなく、土壌の劣化も著しいですね。「今までなら国内が駄目なら輸入に依存すれば良い」という考え方もあったが、いずれ通用しなくなるのではないか。

――バーチャルウォーター問題も。

千葉 そうですね。日本の食料自給率はカロリー換算で38%前後とされているが、肥料、飼料、種子などはほぼ100%に近い輸入品。日本とは異なり海外生産国の土壌の衰えも深刻化しているだけに、輸入農産品の生産に必要な水量も加えると、危機的な状況であることをもっと実感していただく必要があります。

その上で事業性を踏まえた食、食の安定供給を考えていかなければならない。これは食にかかわる事業者、産業の役割だと思う。食品業界にかかわる産業は幅広いことを考えれば、流通業、包装資材関連業もかかわることになりますが、生物多様性が失われつつある中でどう回避し、かつ収益性を確保するか企業経営者は難しいかじ取りを求められています。

あるべき社会の姿を目指して波及力のある新事業を創出するには、真の意味での産官学連携、より戦略的な連携と事業開発が求められるのではないか。

――東京農工大学の強みは何でしょうか。

千葉 150年前の建学時には農学分野の研究と教育の必要性から誕生し、時代が変遷するなか織物技術から機械工学へも領域を拡大してきましたが、発酵技術では製薬の発展に寄与してきた自負があります。これまでも、これからも日本人を守り、日本の国力をもっと強くしていく。そういう意味で建学の精神は現在も貫かれています。

いま国内では、次に何をやれば良いのか混迷していますが、だからこそ大学が道筋を指し示して一緒に牽引していく、さらに牽引できる次世代の人材も育成する――そうした実践をできるのも農工大の重要な強みだと考えています。

――学長ビジョンとして4つの戦略を掲げていますね。

千葉 国の未来は今の学生たちがいかに活躍するかにかかっていますから学生の未来価値を拡張するためにも、世界を牽引する新分野、新概念を創成していく。さらに目指すべき社会の姿を提案し、これを先導する役目を果たしたい。企業と一緒に取り組むなら、事業の収益力まで織り込んだ提案でなければ波及しないし継続しない。

一方でガバナンス強化と同時に、大学自身が自分たちの意思で事業化できる体制作りを構築し、大学経営の自律化を進めていきます。

――西東京国際イノベーションについて。

「西東京国際イノベーション共創拠点」外観イメージ図
「西東京国際イノベーション共創拠点」外観イメージ図(東京農工大学HPより)

千葉 一昨年、文部科学省公募の産学官連携・共同研究の施設整備事業「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)および、地域中核・特色ある研究大学の連携による産学官連携・共同研究の施設整備事業(施設整備事業)」において農工大が採択されました。これに基づいた計画の起点となる成果として現在、府中キャンパス内に「西東京国際イノベーション共創拠点」が建設中(3月完成予定)です。

多摩地域は人口430万人、高尾山、多摩川が流れ自然豊かな土地ですが、近年は遊休農地が増加しています。自然環境に隣接したロケーションで社会問題が生じ始めている点では国内外でもモデルになる土地です。地産地消により自然を守りながら健康的で生きがいのある生き方をするにはどうしたらよいか解決策を考えるイノベーション拠点とします。当面は当学と東京外国語大学、電気通信大学でスタートしますが、肝になるのは社会科学系の大学も参画すること。さらに多摩地区にある大学、地域の方たち、地域企業と一緒に自由なコミュニケーションとともに課題解決に取り組みます。開所式は4月中旬を予定しています。

株式会社アピ 植物性素材