青森県から秋田県にまたがる白神山地。総面積約13万haのうち中核部約1万7千haは「原生的なブナ天然林が世界最大級の規模で分布」として、1993年12月に日本で初めてユネスコ世界自然遺産に登録された。雄大な自然環境のもと多種多様な動植物が生息する一方、手つかずの“未知の森”は食品開発に有用な微生物の宝庫でもある。弘前大学農学生命科学部・殿内暁夫教授は2011年、白神山地のミズナラやブナの樹皮・腐葉土から天然酵母の分離に成功。以来、産学官連携により「弘前大学白神酵母」のブランド化や活用を推進し、地域企業による商品開発を支援している。
白神酵母(サッカロマイセスセルビシエ)の分離は困難を極めた。「2011年に初めて分離に成功してからも、分離源や分離方法など研究を重ね、効率的な分離が可能となるまでに約3年を要した」(殿内教授)という。300を超える分離株のうち101株について、青森県産業技術センター弘前工業研究所が果実酒の醸造特性を評価した白神酵母カタログを作成。弘前市や地域食品メーカーなどと「白神酵母研究会」を設立し、試験醸造から商品開発まで総合的に支援する。「株によって個性は千差万別で、希望に応じた果実酒を作ることができる。“世界自然遺産由来の天然酵母”というストーリー性が最大のポイント」としている。
白神酵母の利用・商品化の動きは当初から活発だ。地元食酢メーカー・カネショウが2013年に「りんご酢」を発売したのを皮切りに、2014年には弘前シードル工房kimoriを運営する百姓堂本舗がりんご酒「kimoriシードル」を発売。その後、六花酒造や白神酒造、盛田庄兵衛など酒造メーカーによる日本酒開発が相次いでいる。今後はクラフトビール(ラガービール)作りも視野に入れる。「使用するモルトの糖(マルトース)の発酵性向上や低温での発酵性が課題であったが、試験醸造レベルではクリアできている」とし、今後地域ブルワリーとの商品共同開発に進む考えだ。
殿内教授は2016年、白神山地の自然植物から乳酸菌(ラクトコッカス・ラクティス)2株の分離にも成功。地域ベンチャー・ラビプレと共同で「白神の森乳酸菌」を活用した商品開発に取り組んでいる。キハダの葉からの分離株は血糖値の低下や内臓脂肪の減少、GTP値の上昇を抑える傾向がある。また、ブナの実からの分離株は呼吸器や腸の粘膜の保護作用を持つムチン量を増加させる機能が明らかにされている。「化粧品素材の開発から始まり、現在では『白神の森乳酸菌』の機能性に着目した健康サプリメントの開発プロジェクトにシフトしている」としており、今後の展開が期待される。
今年は白神山地が世界自然遺産に登録されてから30年の節目の年となり、地域関係者の思い入れは強い。「『弘前大学白神酵母』『白神の森乳酸菌』の魅力情報を発信し、青森に限らず全国食品メーカーの商品開発に使っていただきたい」と意欲をのぞかせている。