尾西食品 古澤紳一社長に聞く 製品、取組みで業界「先鞭」を意識 パーパスは「いつでも、どんな時も、おいしい食事」

アルファ米などの長期保存食を製造・販売する尾西食品。「いつでも、どんな時にでも、おいしい食事を提供すること」をパーパス(存在意義)とし、「賞味期限5年」と「おいしい食品」には妥協を許さないとする防災食業界では数少ない食品企業だ。エコマークの取り組みやノンアレルギー商品、車載用防災ボックスの開発、小学校での防災教育など、その取り組みは常に業界の先鞭をつけることを意識し、「先鞭をつけることで個人や企業の防災意識が上がればSDGsにつながる」と捉えている。そこで古澤紳一社長に経営方針や近況などをインタビューした(聞き手:金井 順一)。

「賞味期限5年」「おいしさ」妥協なし

――2022年度の防災食品をめぐる市場環境を振り返って下さい。

古澤 思い起こせば昨年もこの時期に地震が発生しましたね。昨年3月16日には福島県沖でM7・4の地震が発生し、都内でも最大震度4を観測しました。22年度は、こうした地震が度々発生し、年間を通して防災食品や備蓄食品の個人向け需要は、ECや流通も含めて活発でした。さらに第6波、第7波と立て続けに新型コロナウイルスの感染症拡大が続き、官公庁や企業においても危機意識が高まり、改めて防災食品を見直す動きに拍車がかかりました。地震など自然災害は、いつ発生するのかわかりませんが、当社では職業柄、非常時に備えて常に適正在庫を保有し、地震が発生したその都度対応してきました。その甲斐あって22年度は個人向け、法人向けとも需要は活発でした。

――生活者の防災意識は高まっていますか。

古澤 このところ地震や台風、大雨、大雪など自然災害が多発しており、防災意識は日増しに強まっています。大型地震が発生した場合、最も深刻なのは人口が密集している首都圏であり、相当数の帰宅困難者が出ることが予想されます。そうした背景もあり、特に首都圏の防災意識は相当高まっていると思われます。また、12年前には福島県沖で東日本大震災が発生したため、東北地方の防災意識も高いようです。

東日本大震災が発生した時は、東京でも大きな揺れがあり、それを経験した人は、同じ規模の地震が首都直下で発生したらどうしようという不安が常にあり、首都圏の防災意識は一層高まったはずです。しかし、残念ながら東日本に比べて西日本は防災意識が低いようで、自治体の一人当たりの備蓄量は、西に行くほど少なくなっているのが実情です。地震が発生した直後の3日間は何とか手持ちの備蓄食品で対応し、その後は公的な支援があるようですが、西日本の生活者はそのあたりをどう理解しているのか、疑問符がつきます。

備蓄せず、普段から食べ慣れている食品を回しながら対応するローリングストックという考えもありますが、それもあまり現実的ではありません。電気が切れたらお湯も沸かせないわけで、まずは3日分の備蓄食品を備えることが最適だと思います。

エコマーク 企業や官公庁が高評価

――昨年度の貴社の主な取り組みを教えて下さい。

古澤 非常食では初となるエコマークの認定を主力商品で取得しました。昨年4月以降、アルファ米17品と携帯おにぎり4品、尾西のひだまりパン4品において、再生プラスチックを使用した包装資材へと切り替え、その後も認定商品を広げています。

当社はSDGs達成を念頭に置いた持続可能な社会実現を目指し、食の美味しさはもちろん、環境省のエコアクション21活動を通じて環境配慮に積極的に取り組んできました。今回、非常食では初となるエコマーク認定を取得し、包装資材に再生プラスチックを取り入れることで資源循環・環境負担低減を目指しています。その結果、生活者が非常食でも、より環境に配慮した商品を選んでいただけるようになりました。

こうした取り組みは、特に企業や官公庁などから高く評価され、市場の先鞭をつけたことが大きかったと思います。主力商品においてエコマークの認定をいただいたことは、生活者の防災意識を引上げ、今後は「エコマークが付いた商品なら買ってみたい」とするきっかけになればと思っています。

――エコマークの取り組みやノンアレルギー商品の開発、車載用防災ボックスの開発など、業界の先鞭をつけるケースが多いですね。

古澤 先鞭をつければ、競合他社も同じような動きにより追随するだろうし、そうすれば業界のムーブメントにつながり、意義深いことだと思います。様々な場面において先鞭をつけることで防災意識を高め、企業価値を高めたいわけです。企業や官公庁、個人でも備蓄する理由付けをしていけば防災意識は上がるはずです。生活者の意識が上がれば企業価値も上がります。これこそがSDGsであり、持続可能な社会を実現するために企業価値を高めたいわけです。

――いずれにしても社会課題の解決を意識した取り組みが多いようですね。

古澤 当社は「誰ひとり取り残さない保存食の提供」を通して持続可能な社会の実現を目標としており、いざという時に対応することが会社のパーパス(存在意義)だと思っています。いざという時に対応する企業として、常にいつでもどんな時にでも、おいしい食事をお届けすることを意識しています。新製品を開発する場合でも、常にこのことを念頭においています。

防災食品メーカーだからといって、食品メーカーであることにはかわりありません。しかも賞味期限が5年の商品だからといって、おいしくなければ存在価値はありません。そこで当社は、「賞味期限5年」と「おいしい食品」の二枚看板を掲げています。防災食業界の中では数少ない会社だと思います。

「一汁ご膳」「車載用防災ボックス」発売

期待の新製品「一汁ご膳」 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
期待の新製品「一汁ご膳」

――22年度の特徴的な取り組みを教えてください。

古澤 昨年9月から、水がなくても食べられ、1食で野菜がとれ、5年の長期保存が可能な新製品「一汁ご膳」を発売しました。避難生活が長期化すると、慣れない環境でのストレスによる食欲低下、また、ごはんやパン、麺など炭水化物を中心とした食事が続き、野菜やおかずが不足しがちで健康を維持できなくなることが予想されます。新製品の「一汁ご膳」は、野菜がゴロっと入ったレトルトスープとアルファ米がセットになっており、1食でごはんと野菜がとれることが特徴です。また、レトルトスープをアルファ米に注ぎ、炊き込みご飯風にすることで、お湯や水がない時でも食べられます。お膳として利用できる箱には、スプーンが入っており、外箱を組み立ててセットすれば、片手で持て、お膳の代わりにもなります。

自動車運転中の災害への備えに適した「尾西の車載用防災ボックス」も話題になりました。ここ数年来、豪雨や豪雪による大渋滞が発生し、長時間車中に取り残される事故が度々起こりました。アルファ米や携帯おにぎり、長期保存水などを入れた「車載用防災ボックス」を車内に常備しておけば、非常時でも安心して車内で過ごせます。ボックスは特殊な断熱材を使っているため、夏場の高温の環境下でも温度の上昇を抑え、品質の劣化を防ぐことができます。

――小学校を対象とした防災授業にも力を入れていますね。

古澤 当社では早くから学校や企業と連携し、非常食を通じて未来を担う子ども達に防災や備えの大切さを「体験」しながら知ってもらう活動を行っています。今年2月には福島、東京、北海道、熊本の小学校4校との取り組みが実現し、東京学芸大学附属竹早小学校にて全国合同防災教室を開催しました。

地震が発生した時に頭では分かっていても、ほんとうに動けるかどうかは分かりません。そのためできる限り多くの小学校で啓発活動を行い、将来的には小学校同士の連携につながることを目標にしています。それには各方面で防災授業を知ってもらうことが重要。生徒が授業を体験すれば、先生や家庭などの意識も高まるはずです。実際に地震が発生した時に経験が役立てば、われわれにとってこんなに嬉しいことはありません。

学校でも防災教室に対しては好意的に捉えていただいています。非常食メーカーなので防災教室の最後に非常食のご案内をさせていただいていますが、予想以上に非常食の存在を知っている生徒が多いようです。非常食でもおいしいという感想が多く、種類の多さに驚かれる生徒も多い印象です。防災食の体験は教室だけにとどまらず、家庭に持ち帰り、家族で共有することが重要でしょう。親も頭では分かっていても実際には対応していない人が多いようですが、子どもに言われるとやらざるを得なくなるはずです。

関東大震災から100年、積極的に喚起策

福島、東京、北海道、熊本の小学校4校をオンラインでつなげ、気象予報士・防災士の木原実氏を講師に迎えて開かれた全国合同防災教室(2月28日) - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
福島、東京、北海道、熊本の小学校4校をオンラインでつなげ、気象予報士・防災士の木原実氏を講師に迎えて開かれた全国合同防災教室(2月28日)

――女子栄養大学と産学連携包括協定を締結しましたね。

古澤 昨年9月1日に女子栄養大学と産学連携包括協定を締結しました。この締結は互いに持つ「健康」「食」「栄養」分野の情報・知見を連携し、非常食や食品分野の技術向上、情報発信につなげていくことを目的としています。栄養学を研究している大学と連携することで、栄養を考えた新製品開発につなげたいと思っています。栄養価が高く、おいしい食品で、しかも賞味期限が5年の商品は、なかなか難しいわけです。栄養素を加えると賞味期限は半減してしまい、これが課題です。今までは非常時には炭水化物があればよかったわけですが、おいしいことも重要であり、次のステップは栄養が伴うことも決め手になると思います。

――今年は関東大震災から100年を迎えますね。

古澤 今年はすでに東日本大震災から12年が経ち、9月1日には関東大震災から100年の節目となります。異常気象や自然災害が頻発し、新型コロナウイルスの影響などで備えの意識がますます高まっており、恐らく9月1日の「防災の日」に向けて大きな盛り上がりがあるでしょう。メディアの対応も上がってくると思われます。流通の方も店頭化を考えており、様々な場面で啓発活動が進むと思います。

当社では、個人においてはアルファ米の認知度はまだまだの状況です。アルファ米とフリーズドライ、レトルトの違いは理解されていないのが実態です。知っている人は知っているが知らない人も多い。つまり啓発することはたくさんあり、逆に言えばチャンスもあります。災害食はおいしくないと勝手に思い込んでいる人も多いわけです。

そこで当社でも9月1日の「防災の日」に向け、流通での店頭施策や啓発活動を積極的に進め、特に個人向けの需要に向けたPR活動を強化します。「携帯おにぎり」や「一汁ご膳」「尾西のひだまりパン」などを積極的にPRしていく方針です。