伊藤園は、顧客と直に接することに重きを置いた現場・リアル重視の社風で、デジタルはどちらかというと後手に回っていた領域。社内に専門組織となるデジタルコミュニケーション室が設けられたのは2017年となる。
後発ということもあり「他社と同じことをしていては資金力で競っても敵わない。伊藤園ならではの強みや差別化できる要素をしっかり見つめ直し、それらをベースとした情報発信が大切。まずは若い人たちにコミュニケーションしていく」と語るのは水野恵輔さん。19年4月、デジタル戦略の司令塔に着任した。
デジタルで発信する際に心がけているのは、体験やリアルに根付いた情報を重視するということ。「情報量だけを追求すると、それらの情報はすぐに埋もれてしまい、当社のデジタルコミュニケーションとしては何も価値を生み出さない」との考えだ。
発信内容については、伊藤園の強みであるお茶にフォーカスし、ドリンクだけでなくリーフ(茶葉)のお茶の価値伝達にも重きを置いている。
「お茶には、おいしさ・身体の健康性・他者とのコミュニケーションのきっかけ・自己と向き合うきっかけの4つの価値があり、後者二つはリーフのお茶だからこそ見いだせる心の価値だと思う。お茶を入れる行為は省かれがちとなり世の中は便利な方へ向かっているが、今必要なのは人とのコミュニケーションや自分と向き合う時間を持つこと。お茶にはそのような価値がある」と力説する。
メーンターゲットにしている若年層の裾野は広く、小さい子どもやその親に向けては「お~いお茶」の公式キャラクター「お~いお茶くん」を考案。19年10年に「お~いお茶くん」の公式ツイッターアカウントを開設し、季節のつぶやきやイベントの告知などを行い、1年足らずで約12万のフォロワーを獲得している。
まずは身近にあるドリンクに触れてもらい徐々にお茶の世界に入ってきてもらいたい考えだ。
この「お~いお茶くん」を使って今年新たに展開しているのが、遠隔操作で動くアバター(3Dバーチャルキャラクター)を活用した店頭推奨販売となる。
社員が、店頭に設置されたモニターに映し出される「お~いお茶くん」を遠隔操作して来店客とコミュニケーションする仕組みで、実際に店頭に人が立つ推奨販売が自粛される中、ウイズコロナ時代を見据えた新たなコミュニケーション手段としての可能性を秘めている。
実際にアバターを設置した中村屋小松川店(東京都江戸川区)では、お茶と和菓子の大陳売場の上に「お~いお茶くん」のアバターを設置し、通りかかる来店客に呼びかけ和菓子との相性の良さやお茶の健康情報をアピールしていた。茶カテキンの情報をまとめた小冊子を売場に用意し、購入者に手に取ってもらう工夫も施されていた。
10代から30代の若年層には、お茶を通じた出会いと文化を発信するオウンドメディア「CHAGOCORO」を展開し、特にリーフのお茶に力点を置いている。
「お茶市場の活性化を一番の目的としているため、他社商品と当社商品の垣根をなくして同列に紹介している。その際、単に茶葉を並べただけでは、お茶に興味のない人に振り向いてもらえないので、生産者や著名人のストーリーを盛り込み、それを読んだ人がお茶を入れて飲んでみたいなと思ってもらえるような内容を心がけている」という。
「CHAGOCORO」の直近の動きとしては、8月8日にネット販売を開始した茶器「OchaSURU? Glass Kyu―su」の大ヒットが挙げられる。
同茶器はスタイリッシュなデザインを特徴とし、茶器でお茶を入れる行為が若年層に新しく映ったことがヒットの一因になったとみられる。
「茶器をハード、リーフをソフトととらえて、ハードからのアプローチを考え、若い人たちがライフスタイルの中にお茶を取りいれたいと思ってもらえるように開発した。『OchaSURU? Glass Kyu―su』の発売以降、リーフも一緒に売れるようになり、その後はリーフのリピートもいただけている」と説明する。
購入者層も、リーフユーザーを対象にした茶葉専門のオンラインショップ「TEA SHOP ITOEN」とカニバリを起こすことなく、新規顧客の獲得につながっているという。
今後もデジタル上でのさまざまな施策を予定している。「デジタルの領域は決まった答えがない世界。伊藤園の強みや価値ある取り組みを磨いて、とにかく新しいチャレンジをしていきたい」と意欲をのぞかせる。