国土の8割以上を農地が占める欧州西端の島国アイルランドは、酪農でも長い歴史を持つ乳製品の一大生産国だ。高品質な乳製品を140か国以上に輸出している。年間平均240日間を牧草地で過ごす乳牛は、飼料の95%が栄養豊かな自然の牧草だ。家族経営の伝統的な酪農法によりたっぷり愛情を注がれた乳牛から採れる生乳と、優れた先進技術、さらに国家的サステナビリティプログラムにより、世界で信頼される乳製品が生み出されている。
グラスフェッド(牧草飼育)の乳製品、SDGsの観点に立った環境保全や乳牛の育つ環境など動物福祉への関心の高まりから、自然と調和した牧草飼育の酪農を行っているアイルランド産乳製品が近年ますます注目を集めている。
チーズは毎年約30万tを輸出。名産として知られるチェダーチーズのほか、モッツァレラ、セミハードタイプなど、ユニークで繊細な味わいの製品を数多く供給。日本の顧客の具体的な要望に合わせ、特別なチーズ製品を開発する企業もある。
なかでも日本のチーズ市場で強力なポジションを築きつつあるのが、同国最大手のカーベリー社だ。日本におけるアイルランド産チーズ供給量のおよそ30%のシェアを占める同社。チェダーでは大手チーズメーカー数社と長年の関係を維持しているほか、モッツァレラも主にシュレッドチーズとして小売業やピザチェーンなどを外食向けに供給。日本のパートナー企業との連携により、様々な新製品開発にも取り組む。
またアイルランドが毎年約25万tを輸出するバターは、各国で人気が高まるグラスフェッドバターの代名詞。世界的に有名なブランドが同国を本拠地として、上質な製品を供給している。アイルランドのバターはその優れた味わいだけでなく、グラスフェッド乳製品特有の天然由来ベータカロチンによる独特の黄色も特徴だ。
粉末乳製品の生産と品質でも高い評価を獲得。FFMP(脂肪入り脱脂粉乳)やホエイプロテイン、脱脂粉乳、カゼイン、全粉乳、バターミルクパウダーなど幅広い種類の製品を生産・供給している。さらに、高品質な強化スペシャルパウダー(機能性粉乳)でも強みを発揮。近年この分野に多くの投資を行っている。
アイルランドの乳製品産業は、乳児用粉ミルク、臨床栄養、スポーツ栄養、成人栄養の分野で顧客の高いニーズに対応。日本向けには、主力のグラスフェッドチーズのほか、顧客の個別ニーズに応じた粉末乳製品や乳製品ソリューションなどのカテゴリーでも成長の可能性が広がっている。
さらに、アイルランドは欧州委員会からの選定を受け、欧州産乳製品の魅力を日本市場に伝える3年間のプロモーションキャンペーンを主導。このキャンペーンは2025年初頭に成功裏に終了し、アイルランドの乳業が国際的にも高い評価を得ていることを改めて示すものとなった。
アイルランド政府食糧庁(ボード・ビア)では、酪農業界とともにグラスフェッドの認証システムを構築。認証を得るには、たとえば重量ベースで平均95%以上の牧草で育てられた乳牛の生乳などの厳しい条件をクリアすることが必要だ。国内の加工業者はこのシステムを20年から順次導入している。
乳製品をはじめ、同国の食品・飲料の生産者たちを食の持続可能性の面からサポートするのが、革新的なサステナビリティプログラム「オリジン・グリーン」。農場から食卓まで独立した検証を行う国家レベルでの仕組みは、他国に類を見ない取り組みとして世界市場でも優位性を発揮している。同国の食品・飲料企業の大半がこのプログラムに参加。その成長と長期的な供給の保証に重要な役割を担っている。
「私たちは、日本市場において引き続きアイルランド産チーズの輸出を重点的に行っている」と語るのは、ボード・ビアでマーケットマネージャーを務めるジョー・ムーア氏。
ただ昨年から今年の前半にかけては、欧州市場での旺盛な需要と価格高騰の影響を受け、日本向け輸出量は一時的に減少しているという。こうした状況を踏まえ、市場動向をていねいに説明しつつ、日本のバイヤーや消費者に対してアイルランド産チーズの品質と多様性を引き続き発信していく考えだ。
「アイルランドは今後も、サステナブルな生産体制と高品質な乳製品を通じて、日本市場との長期的な信頼関係の構築を目指していく」とムーア氏は強調する。
