近年、日本人の食習慣の変化とともに高齢化が急速に進展。高血圧・糖尿病といった生活習慣病の増加が深刻化し、日常の食に期待される健康への役割は増々大きくなっている。こうした中、食の安全・安心はもちろんのこと、先端技術で食の「質」を高め健康に寄与することは、食品産業が今後活性化する上で重要な課題だ。筑波大学生命環境系・江面浩教授が統括する産学連携プロジェクト「食と先端技術共創コンソーシアム」は、ゲノム編集技術を活用した高品質・高機能性の農産物・食品素材の開発を通じて、食による健康増進と農業の成長産業化を狙っている。
江面教授が手掛けたトマトの新品種「シシリアンルージュハイギャバ」(=写真)は、2020年12月に厚生労働省に届出が受理された。国のゲノム編集食品の取扱い規則(事前相談→届出/安全性審査)は、2019年に日本が世界に先駆けて整備。その第1号として、2021年から上市している。「GABAの含有量は従来のトマトの4~5倍。昨年11月には高血圧予防やストレス緩和のほか睡眠改善・お肌の健康維持など4つの機能性表示も許可された。現在、オンライン販売のほか東京・神奈川のスーパー約70店舗で販売しており、今後生産体制が整い次第さらに拡大できる見通し」(江面教授)。プロジェクトを軸としたゲノム編集食品の社会実装・事業化は順調に進んでいる模様だ。
種苗の開発・販売は、江面教授が取締役最高技術責任者(CTO)をつとめる大学発ベンチャー・サナテックシード(東京都港区)が展開する。ゲノム編集食品は、先端技術であるがゆえに未知のリスクや食品表示など消費者からの不安の声が少なくない。「『ゲノム編集で作ったトマト』の情報はもちろんだが、食品の安全性や機能性について店頭でしっかりと消費者にコミュニケーションしながら販売することが重要。スーパーや消費者からは高い評価をいただいており、これまで“風評”に二の足を踏んでいた大手食品メーカーも、今後動き出す気配を見せ始めている」としている。
海外市場への展開も見据えるが、ゲノム編集食品の輸出には輸出先の規制をクリアする必要がある。現在、フィリピンやインド、アメリカを除き各国の制度は未だ整備されていない状況という。特にヨーロッパ(EU)のゲノム編集食品の取り扱いは、遺伝子組み換え食品と同様非常に厳しいもの。「しかし、日本の動きを受けてEUにも制度改正の動きが出始めている。日本の規則・制度がEU・アジア諸国をはじめグローバルスタンダードになれば海外市場への道が拓ける」と今後の進展に期待を寄せる。
今後のプロジェクトの取組みに関し江面教授は「ゲノム編集による品種改良で農産物の機能性を高める一方で、AIを活用したスマート農業技術を確立する。安全・安心で品質の安定した農産物をスマート農業技術で安定的に生産する。品質と技術の両輪で取組み、食の質向上や農業・食品産業の競争力強化に繋げたい」と意欲をのぞかせた。