近年の野菜飲料はトマトジュースが市場を牽引し、生活者の健康志向の高まりを背景に安定的なポジションを保っている。しかし野菜飲料の主原料は「にんじん」が支えていることはあまり知られていない。野菜飲料の甘みはにんじんが決め手であり、専用にんじんにブランド名「朱衣(しゅい)」と名付けた伊藤園。06年から宮崎県農協果汁と委託栽培契約を結び、「にんじんを極めることで今日の野菜飲料市場をつくってきたと自負している」と語る。そこで株式会社伊藤園の山口哲生マーケティング本部 野菜・果汁・乳酸菌ブランドグループ ブランドマネジャー(東京)と佐藤貴志製品開発部副部長(静岡)、宮崎県農協果汁株式会社の吉田和由広域営業部広域営業課次長(東京)、谷口圭介業務部原料資材課係長(宮崎)の4氏をオンラインで繋ぎ、「朱衣にんじん」の導入経緯やこだわり、将来への想いなどを対談形式で聞いた(聞き手 食品新聞社・金井)。
三拠点でオンライン対談
…伊藤園の、これまでの野菜飲料の取組みは。
山口 当社の野菜飲料の取組みは、お茶に次ぐ古い歴史がある。1986年に「Natural Land ベジタブル」という野菜果汁ミックス飲料(缶入り)を発売。以降、92年に「充実野菜」、94年に「緑の野菜」を発売するなど野菜果汁ミックス市場を切り開いてきた。しかも80年代まで野菜飲料の原料はトマトが主体だったのに対して、当社はにんじんを主体に展開。高度経済成長の中、当時の野菜飲料は、おいしくなくても身体のために無理やり飲む。そんなイメージしかなかったが、果汁をミックスすることでおいしく飲める野菜飲料を確立させ、健康志向の高まりを背景に好評を博した。トマトではなくにんじんに着目したことがスタートであり、にんじんを極めることで今日の野菜飲料市場をつくってきたと自負している。
…「朱衣にんじん」を導入した経緯は。
佐藤 野菜飲料における、にんじんの甘みは重要な味の決め手であり、93年からにんじんの契約栽培を始めた。だが当時、使っていたにんじんの品種は、加工用の古い品種で近年の青果用品種と比べると、βカロテンは少なく、糖度も低めだった。そこでおいしくて栄養価も高いにんじんの研究を開始。約50種類のにんじんを比較栽培、加工評価した結果、「朱衣にんじん」が選ばれた。06年から本格的な生産を開始、07年に名称を公募し「朱衣(朱色の衣を纏っているという意味)」と名付けた。当時、野菜に含まれる硝酸態窒素が騒がれたため、硝酸態窒素の含有量が少ないにんじんを探していた時期でもあった。しかも「朱衣にんじん」は、一般のにんじんに比べてβ-カロテンの含有量が多く、糖度も高く、おいしさも併せ持つ優れモノだった。
山口 「朱衣にんじん」導入までには、ものすごい種類のにんじんを試したわけですね。
佐藤 品種の評価には、宮崎県農協果汁さんに協力してもらい、国内で流通している品種や海外品種も含めて試験を繰り返し、いろいろな品種を試した。90年代中頃から評価を開始しており、「朱衣にんじん」の生産が始まるまでには50品種以上を評価し、その後も評価を続けているので、恐らく現在までに数百種類のにんじんを評価していることになる。
…品種選抜において苦労したことは。

佐藤 当初、にんじん栽培にはまったくの素人だったので、その都度、種まきから収穫まで農家さんの畑を訪ね、栽培方法などを教えてもらった。当初は苦労したが、品質向上という目的が明確にあったので、楽しく取組めたし、宮崎県農協果汁の皆さんにもご協力いただきながら、前向きな取組みとして進められたことはありがたかった。
吉田 ほぼ毎週、静岡と宮崎を行き来したわけですから、たいへんな苦労だったと思います。宮崎県はにんじん産地ではなかったが、伊藤園さんとの取組みをきっかけに、「朱衣にんじん」が栽培され、ひとつの産地を作りあげた。
山口 宮崎県農協果汁さんにパートナーになっていただき、理想的なにんじん選抜が達成できたことが一番大きかったですね。
山口 「朱衣にんじん」の加工方法について説明して下さい。
佐藤 「朱衣にんじん」にはナチュラルスイート製法を採用しており、1997年、2003年、2017年に特許出願し、その後特許登録をされた。「朱衣」の品質をPRする学会発表も実施。04年に園芸学会、18年に国際学会、20年に土壌肥料学会において、硝酸態窒素が少ないことやベータカロテンが多いこと、近年は高GABAの発表も行った。本格生産が始まったのは06年だが、すべて「朱衣」に切り替わったのは15年。徐々に農家さんに栽培方法を慣れて頂き、ご理解をいただきながら進めてきた。品種切替えは大きなプロジェクトであり、栽培にあたっての注意いただくことなどご理解を頂きながら進めてきた。
β-カロテン約1.5倍、高い糖度
佐藤 「朱衣にんじん」の特徴は、一般的なにんじんに比べると非常に赤みが強く、芯までオレンジ色で丈が長いのも特徴だ。直近5年間の青果用品種との比較(平均値)では、β-カロテン含有量は約1.5倍、糖度も高く、GABAは2倍以上、硝酸態窒素量は1/2以下となっている。定期的に品種比較試験を行っているが、このような優れた特徴を併せ持つにんじんはみたことがなく、今でもトップクラスであることは間違いない。
10年には野菜ソムリエ協会が主催する野菜ソムリエサミットイベントにおいて、生食部門と蒸し部門で「朱衣にんじん」が1位を獲得。芋や栗のような食感があり、あとまで残る甘みがあり、生で食べるとパリパリした食感があるなど高評価のコメントを頂き、我々も自信をもった。

山口 当社は生食用ではなく加工用として栽培したにもかかわらず、青果用より勝って1位を獲得したわけで、改めて中味や味へのこだわりが評価された。この時期は、ちょうど私がマーケティング部に着任した時でもあり、当時の様子はよく覚えている。
佐藤 もうひとつ高い香味評価を頂いた裏づけとして、これは未公開のデータだが、一般的な品種と比べてアミノ酸含有量が非常に高いということだ。主だった青果用品種を比べると、アミノ酸総量は2倍以上、うま味を呈する複数のアミノ酸含有量も数倍の差があることがわかった。
「朱衣にんじん」は「おいしさ」と「栄養」「安心・安全の追求」をコンセプトにした、原料と製法に徹底的にこだわったにんじんであり、宮崎県農協果汁さんとしっかり連携することで徹底的に手間をかけた。青果を収穫してにんじんのヘタをとって宮崎県農協果汁さんに搬入し、にんじんをピューレにする過程で皮を剝き、縦割りにスライスして茹であげ、細かくすりおろす。こうした手間を惜しまなかったことで、にんじん本来の自然な甘みと鮮やかな色を引き出せた。どうすればおいしく栄養価が保たれ、安全・安心が担保されるかを考えた結果、香味を良くするために茹でることを選択。しかも茹でる前に縦割りにして中心部に多く含まれる硝酸態窒素を出しやすくすることで安全・安心が保たれるようにした。ここまで製法にこだわったおかげで、おいしく、栄養価が優れ、安心・安全な「朱衣にんじん」ができあがった。
…種蒔きから収穫までのスケジュールは。
谷口 種蒔きは7月下旬あたりから9月上旬まで行うが、その後発芽には2~3週間かかる。ここから約1か月間は台風などの対策をとりながら、農家が最も気を遣う時期だ。その後12月から収穫を開始し、3月一杯収穫する。
山口 この間、宮崎県農協果汁さんは数十件の農家さんを回り、苦労されるているわけですが、宮崎という場所は、台風の通り道であると共に、最近は予期せぬゲリラ豪雨が襲ってきますね。
谷口 7、8月の天候は最も不安定な時期で、種を蒔いたとたんに台風が来て、発芽した種がすべて流されてしまうことがあり、非常に難しい対応に迫られる。台風の上陸回数は年によって違うが、最近では年に2回か3回大きな台風が上陸し、その都度、種を蒔き直している。
吉田 昔、宮崎県は台風の入り口だった。ただここ4、5年はかなり減ったが、それでも年間2~3回は大きな台風が上陸している。
機能性表示「理想のにんじん」発売
…4月から「朱衣にんじん」を使った機能性表示食品「充実野菜 理想のにんじん」を発売しましたね。
山口 「充実野菜 理想のにんじん」は、にんじん由来のGABAの働きで「血圧が高めの方の血圧を下げる」「仕事や勉強などによる一時的な精神的ストレスや疲労感を軽減する」2つの機能を持っており、時代に即した機能性表示食品として発売できた。「おいしさ」と「栄養」「安心・安全の追求」にこだわってきた成果であり、これからも引き続き研究を続ける。宮崎県農協果汁さんと一緒に、量を増やすためにあらゆる施策も考えて行くが、将来的には青果用としても栽培したいと考えている。
…農家さんにはどのような説明をされていますか。

谷口 一般のにんじんにとは異なり、「朱衣にんじん」の作り方が変わっているため、当初は農家への説明に苦労したが、今では農家さん自ら「朱衣」に合わせるようになってきた。「朱衣にんじん」は在圃性が高く長期間に渡って収穫できるが、「黒田五寸」は在圃性が低く短期間で収穫を終えないと畑の中でにんじんが割れてしまう。
吉田 農家さんは、往々にして品種を変えることを嫌がるが、栽培方法や育てやすさなどを丁寧に説明することで納得してもらい、最近では「朱衣にんじん」を栽培してよかったという農家さんが増えいる。
山口 農家さんにとって農業は家業なので、「朱衣にんじん」を作ることが収入につながるかどうかが問題なわけだ。当初は作り方が違うため、なかなか受け入れられなかったが、谷口さんらが農家さんに足蹴く通い、説得してもらったおかげで、認めてくれる農家さんが増えてきた。農家さんの収益に貢献し、ウインウインの関係にならないと継続できない。これは重要なことであり、課題でもある。「朱衣にんじん」は農家さん、宮崎県農協果汁さん、伊藤園が三位一体一となって取り組む仕組だと思っている。
ドレッシング原料にも「朱衣」採用
山口 野菜飲料市場そのものは安定市場だが、ピーク時と比べると大きな伸びはない。農家さんも高齢化や後継者問題などを抱えている。つまり「朱衣にんじん」の需要を増やさないと、農家さんも宮崎さんも伊藤園もなかなか潤わない。そこで新しい取組みとして業務用でも「朱衣にんじん」を原料供給すること開始。その第一歩として某大手レストランチェーンのドレッシングに「朱衣にんじん」を採用してもらい、6月18日から店頭販売が始まった。これは我々が追求してきたおいしさと栄養価、安心・安全が評価された証でもある。これがうまく行けば「朱衣にんじん」の業務用展開を本格的に始めたい。まずは「朱衣にんじん」を使った野菜飲料を伸ばすことが大前提だが、将来に向けて「朱衣にんじん」の可能性を探りながら、野菜飲料の中でトマトと並ぶポジションまで拡大することを期待している。
