7.4 C
Tokyo
6 C
Osaka
2026 / 01 / 30 金曜日
ログイン
English
業務用ヤグチ、創業80周年 メーカー・販売店をつなぐ 業務用流通のさらなる発展へ

ヤグチ、創業80周年 メーカー・販売店をつなぐ 業務用流通のさらなる発展へ

業務用総合商社のヤグチは9月15日で創業80周年を迎えた。これに先立ち、5日には都内ホテルで「ヤグチ仕入先様の集い」を開催。萩原啓太郎会長兼社長が仕入先・得意先への感謝の言葉を述べるとともに、来期の売上高1000億円達成を通過点として、さらなる成長を目指す方針を示した。

1945年9月15日、終戦から1か月後という混沌の中、故・並木三五郎氏と故・萩原弥重氏の共同経営でヤグチの前身である「矢口屋商会」が発足した。マルヤ印の缶詰をはじめとする一般食品問屋を手掛けてきたが、経済成長に伴う外食産業の発展をいち早く予見し、1964年に外食産業向けの食材専門商社に転換。1965年には缶詰開缶見本市(現在のヤグチ見本市)を開催、翌66年には業務用食品の販売店・メーカーによるマルヤ会を結成。今日の業務用食品流通の礎を築くとともに、外食産業の発展と業界の地位向上に貢献してきた。

5日の会合で、ヤグチの萩原啓太郎会長兼社長は「仕入先・得意先さまのご支援の賜物であり、多くの皆さまに支えられ、80周年を迎えることができた」と感謝の意を示したうえで、「来期には売上高1000億円を達成し、これを通過点として、次の90周年、100周年に向けて、皆さまと一緒になって外食市場のさらなる発展と売上・利益の拡大に貢献していく」と力強く語った。

味の素冷凍食品・寺本博之社長
味の素冷凍食品・寺本博之社長

仕入先メーカーを代表して、味の素冷凍食品の寺本博之社長は「ヤグチさまの社名には、知(矢・口)を商う会社、知を産して業となすという想いが込められている。創業者の萩原弥重氏は経営者の心構えとして、常に自らを律し、物腰はやわらかく、取引先・社員への感謝を忘れず、そして利益をしっかりと確保するよう仕事に取り組まれてきたとうかがっている。その姿勢は萩原啓太郎社長にも受け継がれている」と語った。

そのうえで、寺本氏はヤグチの社外取締役を務めた2019年から3年間を振り返り、「コロナで大変厳しい時期だったが、当時35歳という若さで就任された(萩原)啓太郎社長のもと採算管理を徹底し、コロナの危機を乗り越えられ、新たな得意先を獲得し、業績を伸ばしてこられた。今後も強くしなやかなマネジメントで、ヤグチさまがさらに発展し、今後も販売店さまとメーカーの橋渡しをお願いしたい」と期待を寄せた。

懇親会では、ニイタカの野尻大介社長が半世紀前、当時の新高化学工業(現在のニイタカ)が関東進出にあたり、ヤグチの事務所を間借りして営業活動を行ったことや、業務用食材卸店の新たな商材として、外食産業向けの業務用洗剤の拡販に取り組んできたエピソードを紹介。「今後も様々な変化に対応し、お客様の課題を解決し、新たな需要を創造する商品・サービスの提案に努め、ヤグチさまとともに業務用市場の発展に貢献する」と祝辞を送った。

関連記事

インタビュー特集

カキ養殖の展望を聞く〈前編〉 “殻付き”市場拡大 環境変化と効率化に対応 シーパジャパン・吉本剛宏社長

瀬戸内海で養殖カキが甚大な被害を受け、生鮮市場だけでなく加工メーカーや流通にも影響が及んでいる。こうした中、従来の養殖方法とは異なるシングルシード養殖法が注目されている。

繋げる、繋げる、繋げる たこ焼きコミュニケーション足掛かりに TKO・木本武宏さんが次のフェーズへ

STUDIO TAMUROはお笑いコンビ「TKO」木本武宏さんの活動拠点。木下さんの実妹・大岡真裕美さんが代表を務める「オフィスTAMURO」が運営し、トークライブや、YouTube番組作成スタジオとして利用してきた。昨年5月からは新たな活動として、毎月3日だけ営業する「たこ焼き店」がスタートした。

SST=“サミットの仕事が楽しい”へ 新たな競争軸を作る 服部哲也社長

――中期経営計画の進捗はいかがですか。― 服部 「良い×強い=最強」という言葉を掲げた中期経営計画「頂(イタダキ)2025」は、最終年度を1年延長して26年度までとした。

食品産業センター 荒川隆理事長に聞く 「食サス」設立でサステナ課題深掘り フードサプライチェーン全体の連携で

日本の食品産業は、国内外から調達された農畜水産物を原料として、健康で豊かな生活を送るために必要な加工食品を安定的に製造・供給する産業として発展してきた。

小川珈琲、バリスタ育成とコーヒー産地での活動に先駆的に取り組みブランド力向上 基盤強固に新事業を展開 宇田吉範社長CEOが意欲

9月1日から現職の宇田吉範代表取締役社長/CEOは、バリスタとコーヒー産地での活動に先駆的に取り組み、小川珈琲のブランド力を引き上げた立役者。