麻薬に分類される精神展開剤の社会実装を目指す 大塚製薬と慶應義塾大学が産学連携で共同基礎研究

 うつ病・不安症・強迫性障害・心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患治療の新たな選択肢として、麻薬に分類される精神展開剤の社会実装を目指す――。

 この目的実現に向けて、大塚製薬と慶應義塾大学は、精神展開剤の社会実装に向けた基盤整備のための共同基礎研究(非臨床研究)契約を締結した。

 精神疾患の治療にあたり、抗うつ薬など従来の標準治療は、治療効果と一時的に治まった状態(寛解)から再び症状が悪化するのを防ぐ効果が十分ではなく、多くの患者と家族が病状とそれに伴う社会機能の低下に苦しみ、経済的・社会的損失も甚大という。

 5月9日、説明会に臨んだ大塚製薬の小野浩昭常務取締役医薬品事業担当は「現在、日本を含め多くの国では精神展開剤の所持・使用は法的な制限がある。一般的に使用できるようにするには、これまでの新規治療薬とは異なり、科学的・倫理的・社会的な課題が存在する。これらの課題に1つ1つ丁寧に取り組み、精神展開剤という新カテゴリの治療法を届けることで精神疾患に苦しむ患者さんに貢献できるのではないかと考えた」と力を込める。

左から5月9日、説明会に臨んだ大塚製薬の小野常務取締役、慶應義塾大学の内田教授
左から5月9日、説明会に臨んだ大塚製薬の小野常務取締役、慶應義塾大学の内田教授

 精神展開剤の中で両者が着目するのはシロシビン。シロシビンは、強力かつ即効性のある抗うつ効果が確認されている。

 慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の内田裕之教授は、海外で実施された臨床試験結果を引き、1回か2回のシロシビンの投与で長期的な効果持続が報告されていることを紹介する。
 「従来のうつ病の治療は、薬を毎日飲み、良くなった後も再発しないように毎日飲み続けるが、シロシビンを使った治療では、1回もしくは2回の(4週間にわたる)特別なセッションで飲み、治療後、良くなった人は12か月間、薬なしでも良い状態を維持していた」と内田教授は説明する。

 シロシビンを使った治療を進めるにあたっては、マインドセットとセッティング、精神科医や心理士の確保などが欠かせないことにも触れる。
 「マインドセットは治療に対する心構えや期待、セッティングというのは安心できる場所や雰囲気を意味する。セッティングの一例を挙げると、ヘッドセットをとアイマスクをして自分の内側に没入して、スタッフが付き添い薬を飲んで神秘体験をするようなもの」という。

 実際に慶應大が実施した臨床試験や使用者へのインタビュー調査で効果を確認。

 「治療セッションが終わった数週間後、仕事の悩みは、うつからあからさまに脱するわけではないが、冷静で落ち着いた気分、他者や自然とつながっている感覚、感謝の気持ちになったという。複数の方のコメントで興味深かったのは、嫌な上司に怒られた時、“(上司にも)少しいい部分もあるよな”といった少し引いた目でみられるようになったというコメント」と述べる。

 シロシビンはマジックマッシュルームに含まれる。

 内田教授によると、マヤ・アステカ文明の時代から神事や戦いの際にマジックマッシュルームが用いられ、一部の部族・民族でのみ使われていたのが、1957年、米国の菌類学者ロバート・ゴードン・ワッソン氏による報告に端を発しシロシビンが抽出されて注目を集める。

 その後、LSDとともにターミナル患者のうつ・不安を改善するものとして広まったものの、乱用による事故多発により、1962年に米食品医薬品局(FDA)による規制が入ったのを皮切りに、1976年に国(米国)の支援を受けたLSDの効果検証研究が終わると精神展開剤の研究は一旦終焉を迎える。

 「安全な環境で使えば問題ないのだが、例えば誰かに見守られていない環境で使った場合、自分が何でもできるような感じになり道路に飛び出して事故に遭ったりした」と語る。

 研究が再開されたのは1994年。精神展開剤使用経験者に投与した後、脳血流や精神症状の変化の調査など、研究が徐々に進められたものの、偏見も相当強かったことから、大きな広がりをみせるまでには至らなかったという。

 その流れを大きく変えたのは、英国の神経精神薬理学者デビッド・ジョン・ナット氏が医学系雑誌へ2010年に報告した「薬物の有害性に関するスコア」。

 同スコアによると、他者に対する害と使用者に対する害の両方で、害が最も大きいのはアルコールであり、LSDやマッシュルーム(シロシビン)の害の大きさは、タバコ以下の小さいものであることが浮き彫りになった。

 ただしシロシビンも他者に対する害が皆無ではなかったことから「精神展開剤が安全ということは言えないが、危険度に関しては相対的に低いということが言える」との見方を示す。

 厚生労働省の2022年調べによると日本の精神疾患を有する総患者数は約419.3万人。精神疾患による社会的コストについては約2兆円とみる向きもある。

 総患者数や社会的コストの削減に向けて、精神展開剤の社会実装するためには、医療現場では、精神展開剤治療を適切に実施できる精神科医や心理士の確保、標準化された治療マニュアル・ガイドラインの作成、マインドセットとセッティング整備支援の検討を課題に挙げる。

 加えて「(精神展開剤は)麻薬のカテゴリに入るため、法的・倫理的課題をどうクリアするか、社会的理解と偏見の克服も求められる」と内田教授は述べる。

 大塚製薬の小野常務も「精神展開剤の社会実装には多くの科学的根拠を積み重ねる必要がある。治療目的以外での乱用も徹底的に防止しなければならない」との考えを明らかにする。

 慶應大では、臨床試験の蓄積や世界での専門家・医療機関・関連学会とのネットワークを強みとする。
 一方、大塚製薬では「エビリファイ」「レキサルティ」の開発・上市を通じて培ってきた精神疾患領域での研究開発・薬事の専門機能、物流ネットワークを強みとし、こうした両者の強みを持ちより協業する。
 慶應‐大塚共同研究プロジェクト「KORPS」を立ち上げて、順次情報を公開していく。

 大塚製薬は2023年にマインドセット社(カナダ)を買収して精神・神経疾患領域のポートフォリオを拡大した。

 「マインドセット社にはセロトニン5-HT2Aアゴニスト(薬剤)があるが、非臨床のデータしかない。その薬剤が乗っかって社会実装されるのが一番嬉しいことではあるが、精神展開剤が当社の製品でない場合でも、世の中に安全に出していくお手伝いを継続して行っていきたい」と小野常務は語る。

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