富山に根ざす老舗菓子メーカー・日の出屋製菓 地域振興に大きく貢献 棟方志功ら著名文化人と交流した創業者〈連載2〉

1924年(大正13年)2月26日、富山県福光町新町(現・南砺市福光新町)で川合宣之氏が創業した日の出屋製菓産業は来年、創業100周年を迎える。

これまでの歩みは、富山に根ざし環境変化への対応と挑戦の連続だった。

創業者と従業員3人が原料二斗を加工して大八車を引いて売り歩くところから始まる。

1941年には「手焼きあられ」として全国的に知れわたり、北は青森から南は九州まで販売されるようになった。

この時期、創業者は、戦時疎開のため福光に移住していた当時無名の版画家・棟方志功氏と交流し棟方氏の創作活動を支援。棟方氏以外にも福光を訪れた数々の著名文化人と趣味の俳句などを通じて交流し、この時代の地域文化の振興に大きく貢献したと伝えられる。

棟方氏が手掛けた商品包装紙は今も残されている。

創業者は俳号「川合柿山(しざん)」としても活動し、今年3月には創業者が所蔵する書面や陶器、俳誌の資料など計101点を並べた展示会が福光美術館で開催された。

第二次世界大戦の終盤になると、原料であるもち米の入手が困難となり、出征する従業員も多くなったことから自主的に事業を中止。顧客からの応援に背中を押されて事業を再開したのは、戦後の混乱期を経た1950年。天秤ばかりを持って福光近郊の農家に原料米の買付けにまわり、51年に福光に直売所を開店し、54年3月2日、日乃出屋製菓所として会社を設立し法人化した。

このとき、饅頭、最中、羊羹、落雁、どら焼、カステラなどの生和菓子も製造。現在、同社ではこのDNAを掘り起こし、2022年に団子おこわなど米菓子の新業態ブランド「おこめぢゃや」を立ち上げるなど米菓からお米加工品全般へと領域を拡大している。(つづく)

北大西洋の豊かな海が育むアイリッシュシーフード 8月5日はパン粉の日