牛をつながず、自由に歩き回れるスペースをもつフリーバーン式牛舎で、およそ1千頭の乳用牛を飼育する久慈平岳牧場(岩手県九戸郡)では朝5時から1日3回搾乳し、年間約7千700tの生乳生産を目指している。
暑熱対策のため一般の牛舎より高く広々とした構造の舎床には、大量の敷き料(おがくず・戻し堆肥)を敷くことで、蹄病予防など牛の健康配慮を徹底している。「この頭数でこの牛舎は広く感じるかもしれないが、牛のストレスを考えると適正。多い頭数を入れて病気になった牛の治療コストを考えれば、病気にならない健康な牛を育てていく方が、牛にとっても酪農家にとってもいい」と田村憲史代表は語る。
搾乳施設には、1度に50頭搾乳できるロータリー搾乳パーラーを取り入れ、およそ15分で50頭を搾乳する。「搾りすぎてもいけず、健康に育てることが最も重要。エネルギーを体格ではなく牛乳メーンに持っていくことで牛の個体能力が上がる」(田村代表)。
牛の健康第一の考えのもと5年前から着手し、3年前から力を入れているのが牛の改良だ。牛群管理システム(Afifarm牛群管理ソフト)を用いて、個体別の繁殖状況や乳量、歩数、休息時間など様々なデータを管理している。
また、牛の足に取り付けたセンサーで異常乳(乳房炎)と判断された牛は搾乳を行わず、健康な牛から絞った生乳は凍水で瞬時に4℃以下に冷却して細菌の繁殖や乳質の劣化を防ぐなど、品質管理も徹底している。
徹底した管理のもと乳房炎や治療牛が減少、小柄ながら個体能力の高い健康な牛が育ったことで、当初800頭で搾る目標だった乳量を500頭で達成。その後も頭数は減っても乳量は上がっている状況だ。次に目指す改良は「暑さや冬の寒さに強い牛づくり」。コロナ禍は牛の健康を第1に考える酪農家が増えるきっかけの一つとなり、世界でも気候変動に耐えられる牛づくりは注目されている。
健康な牛づくりに力を入れる一方で、課題もある。水が不足していて暑さ対策の水を撒けないといった立地上の問題のほか、経営状況についても依然厳しい状況が続いている。飼料の9割以上を輸入しており、為替の影響を大きく受けている。
8月には乳価改定で飲用向けが10円上がったが、輸送運賃などのコストを引くと手取りで6円程度。「国の補助金よりも、国が牛乳のリッター単価を1円、2円、たとえ何銭でも買ってくれた方が、隔たりなく酪農家や酪農産業を支援することにつながると思う」と田村代表は語る。少ない飼料で効率よく育つという飼料効率の面でも、健康な牛づくりは重要だ。将来に向けた強い酪農基盤を築くため、先駆的な取り組みを続けていく。
(おわり)