広島の老舗珈琲店が瀬戸内海でコーヒー栽培に挑む 今年初収穫 観光農園化や参入障壁が低いSDGs農法を追究 ニシナ屋珈琲

 広島の老舗珈琲店・ニシナ屋珈琲(本社:広島市)の新谷隆一社長は、瀬戸内海に浮かぶ各島々でコーヒーを栽培しコーヒーの未来や地域活性化に貢献していくことを夢見る。

 今年、その夢実現の一歩として、東広島市安芸津町大芝島(おおしばじま)の農園が初収穫を迎える。

 ここには1反(991㎡)の敷地にビニールハウスが建ち200本のコーヒーノキが植わる。

 2021年5月に植樹した背丈10㎝程度の苗木が1m以上に成長し、3月20日の取材時には、赤い実がポツポツついているのも見受けられた。

 取材に応じた新谷社長は「実がついてしまったのは、新しい環境に植えられてコーヒーノキも戸惑っているのだと思う。収穫は通常秋から始まるが、コロンビアでは5月と10月に収穫されることから、ここも5月の収穫を想定している。収穫量の見込みをよく聞かれるが、初めてのことなのでやってみないと分からない」と語る。

大芝島農園には200本のコーヒーノキが植わる。 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
大芝島農園には200本のコーヒーノキが植わる。

 農園から少し離れた場所にある納屋と母屋、その麓の上にある山林も購入して、大芝島をコーヒー栽培に留まらない体験の場所にしていく。

 納屋は、機材や器具を導入して収穫豆の精製・乾燥・焙煎が見学・体験でき、2階をカフェにしていくことでコーヒーサプライチェーンの一連の流れが理解できるようにしていく

 母屋はコワーキングスペースとして研修・宿泊設備を整え、既にボランティアで農園の作業を手伝う広島大学の学生が利用している。

 コーヒー農園開設以来、びわ栽培に再開の動きが出始めるなど大芝島に活性化の兆しが出始めている。

 島内の宿泊施設としては、滞在型で楽しめる一棟貸しコテージ「Y51 by the sea」がある。

 「コーヒーを基点にした観光地として、この景色が素晴らしく、瀬戸内海の柑橘発祥の島である大芝島を活気づけたい。ブルーベリーやレモンも収穫できるが、やはりコーヒーのインパクトには敵わない。今後、スイーツやベーカリーのお店もできてくると思う」と期待を寄せる。

3月のコーヒーチェリー。「新しい環境に植えられてコーヒーノキも戸惑っているのだと思う」と新谷社長 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
3月のコーヒーチェリー。「新しい環境に植えられてコーヒーノキも戸惑っているのだと思う」と新谷社長

 瀬戸内海の島々には耕作放棄地がいくつかあり、それらを上手く整備していけば、島ごとに特徴のある味わいのコーヒーづくりが可能だという。

 その特徴のある味わいについて、大芝島の農園に苗木を提供した岡山・金甲山農園(アグリジャパン運営)のコーヒー豆を広島大学で調査したところ、鉄分が多く含まれていることが判明し「おいしさについては申し分ない」と自信を見せる。

 広島大学とは産学連携を結び共同研究を継続していく。

 新谷社長はかねてから理事長を務める中国コーヒー商工組合のサイトで「夢は瀬戸内の島にコーヒー農園をつくること」と自己紹介している。

 夢の実現へと大きく背中を押したのは、TVで知った凍結解凍覚醒法でつくられた皮まで食べられるバナナ「もんげーバナナ」の存在だった。

大芝島農園は朽ち果てたビニールハウスをあえて再利用。 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
大芝島農園は朽ち果てたビニールハウスをあえて再利用。

 同製法は、種子や成長細胞をマイナス60℃まで緩慢に冷却することで冷涼な土地でも栽培できるもので「コーヒーの種にも応用できるのでは」と着想するに至った。

 以心伝心か。新谷社長が同製法を編み出した種苗会社(現・アグリジャパン)に電話をかけようと受話器に手を伸ばそうとしたところ、前述のサイトで新谷社長のコーヒー農園の夢を知った種苗会社から電話があり「あのときは本当に驚いた」と振り返る。

その後、紆余曲折を経てビニールハウスでの栽培を決断する。

 大芝島はビワやミカンなどの柑橘の栽培が盛んな場所で、大芝島農園は耕作放棄地であったビワの農業団地のうち山側にある2反を譲り受けて整備したものとなる。
整備には、重機を入れたほか、朽ち果てたビニールハウスをあえて再利用した。
 「コスト的には建て直したほうが安く済むが、SDGsの観点からハウスの鉄骨についたサビを1本ずつ削ぎ落したりビニールを張り替えたりして再利用した」という。

 瀬戸内の島は冬場、かなり気温が下がることから、ビニールハウスにはボイラーを使用して寒さ対策を施している。

ビニールハウスに頼らない露地栽培も追究(大芝島農園)。 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
ビニールハウスに頼らない露地栽培も追究(大芝島農園)。

これにより栽培に成功し、今後は「ビニールハウスにボイラーを入れれば栽培できることは分かった。同じハウスの中でも陽がよく当たる場所は育ちがよくなく、奥まった木陰にある標準木は2m近くの背丈に成長することも分かり、日々の気温や必要するコストなどをデータ化して共有できるようにしていく」。

 国産コーヒーは、ニシナ屋珈琲が掲げるワールドサステナブルコーヒープロジェクトの一環で、ビニールハウスに頼らない露地栽培も追究していく。
 ビニールハウスを建てると固定資産税がかかるほか、ボイラーを使用すると温室効果ガスを発生する上に、原油高騰の中、コストも嵩んでしまう。
 「農業は銀行からお金を借りるのが難しく、経済的にもとても大変。コーヒーが足りなくなる『コーヒーの2050年問題』への対応を考えると、参入障壁をできるだけ低くして、多くの人にチャレンジしてもらえることも考えていかなければいけない」との見方を示す。

 露地栽培で乗り越えるべきハードルは高く、大芝島のビニールハウス棟に隣接する1反の農地で露地栽培を試みるも全滅した。
 「大阪の某上場企業と共同開発した地温ヒーターで温めたりしたがダメだった。ここでは受粉を促すため養蜂も試みたが、飼育していた二ホンミツバチが全て西洋ミツバチにやられてしまった。失敗だが、知恵は失敗しないと浮かんでこない」と述べる。

 「できるだけ自然に近い農法を取り入れている」という呉市広地区にある広農園も今年1月の記録的低温により、今年収穫を予定していた300本がほぼ全滅。
 「当初は平釜タイプの炭場をつくり、それで寒さ対策をするはずだったが、諸事情で遅れてしまいストーブを6台ほど入れて対策していた。しっかり温度管理をしていたが、夜中、想像以上に気温が下がり、たった1日か2日で9割ほどがダメになってしまった」と説明する。

 ダメになった木々にはカットバックを行い、切られた幹から新芽が出るのを待つ。

農園から少し離れた場所にある納屋と母屋をコーヒー学習の場として活用 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
農園から少し離れた場所にある納屋と母屋をコーヒー学習の場として活用

 寒さ対策は、山本粉炭工業(島根県益田市)のノウハウを取り入れ平釜タイプの炭場の導入に向けて動き出す。

 山本粉炭工業は“山仙プール式炭化平炉(粉炭:ふんたん)で地球を守ろう!”をかけ言葉に、粉炭製造技術の普及・粉炭の製造販売・粉炭の用途開発などを行い森林資源活用と環境保全に役立ち、地域の生活を守りSDGsにもつながるような未来志向の精神で事業活動を行っている。
 「平釜はあらゆるものを粉炭にすることができ、燃焼効率がいいので煙も灰も出ない。粉炭は細かい粒子で農業やパンなどの食品、化粧品にも使われている」という。

 炭を活用した店舗運営の好例としては「Y COFFEE LABO 寄田珈琲研究所」(東広島市)に導入しているロケットストーブを挙げる。
 「炭焼きは発電もできる。Y COFFEEでは椅子の下にドラムの配管が通るようにして、足元から暖がとれるようになっている。電気代もかからないので、ローコストオペレーションにもつながる。フィンランドで実用化している砂電池とともにSDGsに合致した新しいエネルギーの在り方」と紹介する。

大芝島からの瀬戸内海の眺め - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
大芝島からの瀬戸内海の眺め

 大芝島農園と広農園の運営はニシナ屋珈琲が設立した(株)瀬戸内農場が担い、大芝島農園は大芝島に移住してきた山田晋平さんが一手に管理している。

 持続可能なコーヒー産業の発展に向け、ワールドサステナブルコーヒープロジェクトでは、世界のコーヒー農園の支援も活動の柱にしている。

 「高品質のコーヒーも適切に処理しないと品質が下がってしまう。適切な処理には設備投資が必要で、プロジェクトでは既にミャンマーに果肉除去機や脱殻機を提供して支援し、収穫されたコーヒーを買い上げている。今後、考えているのはパプアニューギニアへの支援。ここにはおいしいコーヒーがたくさんあり整備すればもっといいコーヒーが安定的に調達できる」との考えを明らかにする。

 SDGsの取り組みとして、調達先で種が取り出された後のコーヒーチェリーの活用にも挑む。

 昨年、コーヒーチェリーをジャムにしてミルクアイスと組み合わせた「コーヒーチェリーアイス」を開発しクラウドファンディングサービス「Makuake(マクアケ)」を通じて販売に漕ぎつけた。

ニシナ屋珈琲牛田本店 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
ニシナ屋珈琲牛田本店

 ニシナ屋珈琲は、1933年(昭和8年)に、広島市西横町(現広島市中区大手町)で創業。1945年8月6日、原爆投下によって一度消滅し、戦後まもなく復興する。

 被爆については「原爆ドームや平和記念公園の付近に店を構えていたため原爆で溶けてしまった。初代の骨は見つかっていない」と述べる。

 新谷社長は3代目。今年1月に創業90周年の節目を迎え、国産コーヒーの夢を資金面で支えるためにも、本業のコーヒー焙煎豆の販売に一層注力していく。

 主力事業はエンドユーザーへのコーヒー焙煎豆の販売。主要販売チャネルは店舗とECで、店舗は現在、広島を中心に福岡・京都に計6店舗を構える。

 量ではなく質やコト消費を追求し、ターゲットはエンドユーザーの中でも節約志向層ではなくコーヒーリテラシーの高い層などに照準を合わせている。販売状況は近年、在宅時間の増加などを追い風に好調だという。

 「現在6店舗だが、創業100周年には100店舗にしていく。今まで遠慮していたが、これからは攻めていく。今年は関東に初出店を予定し、人口が増えているアジアも有望市場であることから来年あたりには海外にも進出したい」と屈託ない。

【写真】ニシナ屋珈琲 コーヒー体験の場へ様変わりする大芝島の納屋