国土の8割以上を農地が占める、欧州西端の島国アイルランド。約490万人の人口に対して、2千500万人分に匹敵する食料を生産する農業大国だ。約2兆3千億円(2022年)の生産量のうち9割を海外に輸出する。
日EU経済連携協定(EPA)が発効した19年以降、日本市場向けの販売も急拡大。昨年には、18年比で倍増となる約320億円分が輸出された。
先ごろ行われた「FOODEX JAPAN 2023」で、アイルランド政府食糧庁(ボード・ビア)は「ヨーロピアンビーフ&ラムならびにヨーロピアン乳製品fromアイルランド・パビリオン」を出展。EUの協力による「アイルランド、自然との共生」キャンペーンの一環として、持続可能な方法で生産された高品質なビーフ&ラムと乳製品の新たなビジネスチャンス開拓に向けた展示が行われた。
アイルランド産食肉の昨年輸出額は約5千600億円。このうち牛肉が3千500億円、羊肉が668億円を占める。
同国で飼育される肉牛の95%が、野外で放牧され牧草を食べて育つグラスフェッドビーフ。1ha当たり2頭未満の農場が76%と、ストレスの少ない低密度な環境で飼育されていることも特徴だ。ラム、乳製品などとともに、世界に類をみない食品・飲料のサステナビリティに関する国家プログラム「オリジングリーン」によって、持続可能性に配慮された生産が行われている。
牧草による生産システムにより、厳選された肉牛の飼育と「仕上げ」が可能。肉質に対する厳しい要求にも応えるべく、栄養価維持のため補助的に穀物飼料も使用する。また貯蔵期間については極力抑制。味、品質、見た目のいずれも最高の状態で供給することができる。
こうして生産されるグラスフェッドビーフは濃いチェリーレッドの赤身とβ―カロテン効果による均一でクリーミーな外側脂肪層が特徴。均一な脂肪分布ときめ細かなサシの肉に仕上がる。他にはない豊かな風味やジューシー感、穀物肥育牛肉に比べてより複雑な風味と草の香り、肉牛本来の風味が感じられる。欧州の消費者や小売業者、シェフなどの間で高い評価を獲得している。
乳製品も、対日輸出は着々と拡大。22年の輸出額は18年比10%増の130億円、輸出量は20%増の1万5千tとなった。
6日には展示会に先駆けて、アイルランド乳製品の業界向けセミナーを実施した。
ボード・ビア乳製品食材部門ディレクターのマーガレット・バトラー氏は「アイルランドの乳製品はとてもユニーク。なかでも大きな特徴はグラスフェッドであること。牛を北半球で最も長いシーズン牧草で育てることができ、牛は年間約240日を牧草の上で過ごす。われわれは日本のお客様を重視しており、今後も日本の方々のニーズを理解するよう努めていきたい」と語った。
フード・ヘルス・アイルランド・テクノロジーセンターのネッサ・ノローナ博士によれば、放牧により牧草を食べて育つ乳牛から生産される生乳や乳製品は、屋内飼育によるものと比べて明らかな違いがあるという。
「ビタミン、ミネラル、脂肪酸などの有用な栄養素の含有量が大幅に多いことが分かった。とくに生乳は共役リノール酸(CLA)が屋内牛の2倍。善玉コレステロール(HDL)の含有量も大幅に多く、悪玉コレステロール(LDL)は少ない。グラスフェッドのほうが、心臓にとって良い脂肪が多く含まれているといえる」。
日本でも近年認知度が高まるアイルランド産グラスフェッドバターは、牧草に含まれるカロテンに由来するオレンジがかった色も特徴的だ。またアイルランド国立大学ダブリン校で食品科学を研究するドロレス・オリオーダン教授はグラスフェッド乳製品の健康への有効性を示す科学的知見について説明。一例として「アイルランド産チェダーチーズを対象にした調査では、たんぱく質、カルシウム、リンを多く含み、骨、歯などに対して多くの栄養を提供することが分かっている」という。
「世界で生産される牛乳のうち、グラスフェッドは1割だけ。その他はすべて屋内飼育によるもので、アイルランド乳製品のユニークな特徴がご理解いただけると思う」(オリオーダン教授)。ボード・ビア日本マネージャーのジョー・ムーア氏によれば、アイルランドの畜産・酪農製品は日本ではまだ認知度が高くないものの、輸入に携わる関係者の間では評価が高まりつつあり、手ごたえを感じるという。
「ビーフ&ラムも、日本市場にはますます力を入れる考えだ。アイルランド産ビーフの日本での流通量は、18年以降はだいぶ増えてきた。チルドのラムも少しずつ日本に入ってきて、レストランなどで使われるようになっている。ただコロナ禍で両国の情報交換などは中断していたので、まだこれからといった段階。品質面では自信を持っており、日本市場にマッチした製品としてさらに供給を増やしていきたい」(ムーア氏)。