「ビール1本から、最短1時間で無料配達」。他社がまねできないサービスを独自の配達網で実現し、業務用・家庭用の両軸で強みを発揮する「なんでも酒やカクヤス」。昨年11月に創業100周年を迎えたカクヤスグループでは、この2年あまりコロナ禍の苦境を逆手にとり、事業領域の拡張を進めてきた。同社が目指す姿とは――。
1921年、初代・佐藤安蔵氏が東京都北区に「カクヤス酒店」の商号で酒類販売業を創業。店名は、酒の器「角桝」と創業者の名前に由来する。町の酒屋からスタートし、その後は飲食店向けの業務用酒販を主体とした業態に転換した。
酒類販売の規制緩和にともなうコンビニなど他業態との競争激化を受け、店舗から家庭への無料配達サービスに着手したのが98年。店舗網の急拡大を進め、03年には東京23区内で注文から2時間以内に届ける体制を構築した。
サービスの開始当初、配達は有料。最低注文金額の制約もあったものの、段階的に撤廃を進め、最終的に無条件での無料配達に踏み切った。
なぜ実現できたのか。
「一番大きいのは、ネットスーパーなどとの単価の違い」。同社グループ経営管理部の渡邊岳部長は説明する。
「業務用と家庭用の配達を一緒にやっていて、業務用はビールの生樽や焼酎1ケースなど高単価の注文がほとんど。家庭用も『ビール1本から』とは言いながら、お客様のほうも申し訳ないという気持ちがあるようで、ある程度まとめてご注文いただけることが多い。人件費に利益を載せてペイできるくらいにはなる。これが一般のネットスーパーだとそこまで単価は上がらないので、配送料がペイできないのではないか」。
コロナ後を見据え攻勢 新たな物流体制構築へ
業務用を柱に、店舗での家庭向け販売でも事業を拡大してきた。だがそこに襲ったのがコロナ禍だ。最初の緊急事態宣言が発令された20年4月の業務用販売は前年比85%減。コロナ初年度の21年3月期の売上高は、カクヤス単体でトータル約28%減となった。飲食店での酒類の提供制限が断続的に行われた昨年度も、若干の回復にとどまっている。
他方で、家庭用は巣ごもり需要をつかみ拡大。従来7:3だった業務用・家庭用比率は5:5へと変化した。
この間に大きな役割を果たしたのが、家庭向け宅配事業の強化だ。飲食店の営業休止が相次ぎ業務用の配達が激減するなか、日用雑貨や介護用品、ペット用品など、酒類以外の商材も家庭向けに即日無料宅配を開始した。
カギを握るのは、アフターコロナを見据えた新たな宅配ビジネスモデル「三層物流」。従来は業務用センターを軸としたルート配送と、店舗や小型倉庫からの家庭用・業務用即配からなる二層体制だった。これに業務用即配専用の小型倉庫を加え、都内環状八号線内側での三層物流体制をこの上期中に構築。都心・繁華街エリアへの攻勢を強める構えだ。
「三層物流を進めることで、業務用に使っていた配送枠が月間約10万枠空く。そこに家庭用の配送を取り込むキャパを作った。店舗からの配達は午前中のピークを過ぎると、午後にいったん減る。この時間帯にはご高齢の方の注文や急ぎでない商材のニーズが多く、これに合わせて日用雑貨などの品ぞろえを拡充。配送枠の平準化を目指した」(渡邊氏)。
お酒に合うこだわりのおつまみなど冷凍食品もラインアップを広げ、全体のSKU数は従来の約1千800から3千程度にまで増加を進める。人気の炭酸水メーカー「ソーダストリーム」は、ガスシリンダーの即配とともに使用済みシリンダーの回収も行うため、好評商材のひとつだという。
2月からは新ブランド「カクヤスEXPRESS」を「出前館」に出店。従来の酒類に加えて、日用品やペット用品なども加えた「クイックコマース」のトライアルを開始した。店舗に併設する宅配拠点から出前館の配達員が届ける。専用の宅配用倉庫を併設し、商品数を大幅に拡大した。
こちらは配送料がかかるが、最短15分で届く。「ご利用するお客様は『時間を買う』という感覚が強いようだ」(渡邊氏)といい、都内全域の店舗で導入済みのウーバーイーツと合わせて若年層の支持を獲得しつつある。
「なんでも酒や」から「なんでもや」に変身?
コロナ下での消費環境変化を受け、新たな店舗展開も進める。
20年には福岡の有力酒販企業2社を、M&Aによりダンガミ・サンノー社として子会社化。この6月に出店した「なんでも酒やカクヤス 長崎思案橋店」で九州エリアに初進出した。地元の飲食店に強みを持つ旧2社に、需要が高まる家庭用の即配事業を加えてシナジー効果発揮を狙う。
また昨秋には、店頭販売に特化した酒類や食品の提案型ショップ「KAKUYASU SELECT」を新商業施設「SOCOLA南行徳」(千葉県)にオープン。大田区に今春出店した都内1号店と合わせ2店舗を実験的に展開する。家飲みの機会が増えたワインやクラフトビールなど、全国や世界各地から厳選したアイテムを揃え、従来の店舗とは一味違う売場づくりが特徴だ。
「業務用しかやっていない酒販店が大半だが、われわれは家庭用もあるのでなんとかコロナの影響を抑えられた。コロナが収束し始めても中小酒販店がサービスを通常に戻すのが難しいなかで、われわれが受け皿になっていると思う」と渡邊氏は語る。
「コロナ禍はひとつのチャンス。これまでお酒しか扱ってこなかったカクヤスが、家庭用にさまざまな商材を取り入れ、配達する。それを横展開していくことで、新たなステージに行けるのではないか。将来的には『なんでも酒やカクヤス』から『なんでもやカクヤス』にしたいと考えている」。