昨年に映画化が話題になった『箱男』(安部公房)は不思議な小説だ。段ボール箱を全身にかぶって街を彷徨う男の物語――と書けばひと言で済んでしまうが、独特のシュールな雰囲気に終始引き込まれる。随所にちりばめられた実験的手法で「見る側」「見られる側」の関係を描き出した。
▼帰宅途中に電車が一時止まった。隣の駅で客が線路に立ち入ったという。しばらくして「お客様を発見したため運転士が保護に向かいます」とのアナウンス。乗客が窓際に群がる。
▼高架上で佇んでいた客を、運転士が説得して車内に連行。次の駅まで乗客の冷たい視線を浴びながらうずくまっていたのは、大学生くらいにみえる若い男性だ。罵声を浴びせる年配男性や、撮った写真をSNSに上げていると思われる客もいた。
▼本人の事情は知らないが、一方的に「見る側」に回る匿名の箱男たちに囲まれる彼を見て、ふと件の作品を思い起こした。SNS全盛の現代も、作品が発表された半世紀前も、人間社会の構図はそう変わっていないのかもしれない。駅員に囲まれ連れていかれた、彼のその後が気になる。
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