令和3年の日本の高齢化率(65歳以上人口の割合・内閣府)は28.9%。「超・超高齢化社会」に突入した日本では、健康寿命の延伸が喫緊の課題となっている。こうした中、加齢に伴うフレイルや認知症、生活習慣病の予防に向け、日常の「食」が果たす役割への期待が高まる。岐阜大学は22年4月、「先制食未来研究センター」(センター長・矢部富雄応用生物科学部教授)を設立。未病や健康寿命の延伸に寄与する「食」の創造を目指している。
今後の健康食のあり方ついて、矢部センター長は「健康寿命の延伸のためには、『精神的な健康』を維持することも重要。健康のために美味しいもの・楽しいことを我慢するとか、あれもダメこれもダメでは日常生活にストレスを感じてしまう。普段の生活の中で無理なく実践でき、生活の質、満足度を落とさないような『食』を提案することで未病・健康長寿につなげる」と語る。
同センターが掲げる「人工塩味料」の開発計画もこうした問題の解決策の一つ。塩分がなくても塩味を感じられる調味料ができれば、ストレスなく減塩することが可能となる。夢のような話に思えるが、「塩味は結局のところ、人間の脳が電気信号として感じるもの。脳に電気信号を与えることで塩味を錯覚させることができる。実際、舌に電気信号を感じさせる食器(スプーン・茶碗)が開発された例もある。われわれは新たな調味料として『人工塩味料』の開発に取り組み、今後5年で一定の方向性を示したい」と意欲を示している。
岐阜大学ではこれまで、岐阜県・飛騨高山地域の各自治体と連携。過去20年にわたり、特定健診やレセプトデータなどの活用により疾病発症と食の関連性に関する情報を蓄積してきた。飛騨高山地域では、伝統野菜・赤かぶを使用した『赤かぶ漬』をはじめとする漬物の消費量が非常に多いが、「食生活の特徴から想定されるほど、血圧・血糖値など数値データが悪いわけではない」という。
「漬物素材に含まれる食物繊維が、塩分を排出するなど機能性を持つ可能性がある。こうした視点とともに、食物繊維による栄養吸収効率の維持・向上について分析を進めている。今後、岐阜県食品科学研究所や民間企業との連携を図りながら、地元の特産品を有効に活用した食品開発を通じ地域貢献活動にも着手したい」としている。
「先制食未来研究センター」のメンバーには医学部も加わり、疾病発症・重症化予防のための免疫や代謝、神経系の基礎研究を担う。ウェアラブル端末で毎日の食生活データを自動収集し、個人の体質に応じた健康食レシピを提案するシステム構築も進めている。
こうした農学系(応用生物学部)と医学系、工学系の知見を共有・融合させた「食」の創造は他に類をみない取り組みと言える。健康食の開発にとどまらず、地域社会・医療への貢献など今後の発展に期待が持てそうだ。