食の心象風景

小津安二郎の「晩春」を久しぶりに観直した。原節子を初めて起用した作品だ。ローポジションの異常に低いカメラ視線によって、祖母宅で過ごした幼いころの情景が生々しく蘇ってきた。

▼原節子が笠智衆に掛ける言葉遣いも、1914年生まれで戦争未亡人であった祖母の言葉そのもので、柔らかい言葉遣いが耳に残っている。一緒に過ごした時間は短かったが、祖母は幼き頃の私のアイドルだった。

▼映画の筋書きは、ただただ「娘が結婚する」というだけで、結婚相手の顔すら明らかにされない。造詣もないのに恐縮だが、小津作品はもはや存在しないけれど、確かに存在し続ける日本を可視化しようとしているように思う。そこが海外の映画ファンの琴線にも触れるのか。日本に生きる私たちにとっても、記憶に内在する心象風景が思い起こされるのかもしれない。

▼私の記憶に内在していた心象風景からは、祖母が七輪を使って鰻を焼く様子や味覚の記憶も蘇った。こういった記憶は嬉しいし、楽しい。現代の子どもたちにも食を通じた記憶が残ることを願いたい。