今や全国にその名を轟かせる札幌味噌ラーメン。歴史は意外に浅く、世に出たのは約70年前だという。しかも当時の北海道は醤油ラーメン全盛の時代。しばらくは異端児扱いだった。その誕生から発展に深く関わったのが西山製麺だ。「業務用からスタートした当社が目指す姿は、単なる製麺工場ではなく、人が主役の『食品工房』。これからも品質重視のこだわりを貫いていく」と話すのは西山隆司社長。同社が札幌ラーメンと歩んできた道のりから近況まで語っていただいた。
小学生がラーメン工場に!
札幌市内の小学生は、社会科教育で「札幌ラーメン」を学ぶ。「ラーメン工場の仕事」をテーマにしたテストまであるというから驚きだ。西山製麺では、1987年から地元小学生の工場見学を受け入れている。対象は市内小学校の9割に当たる約180校。これまでに累計30万人以上が訪れた。全国的にも珍しい事例だが、西山社長は「札幌ラーメンは市民が一体になって作り上げた食文化」と背景を語る。
1953年、現社長の父・西山孝之氏が業務用生ラーメン専門の西山製麺所(現西山製麺)を創業した。従兄弟が運営していたラーメン屋台「だるま軒」に従事した後、その製麺部門を譲受し独立したものだった。
当時、札幌のラーメンは北海道の寒冷な気候風土に合うこってりしたスープが求められつつあった。しかし、既存の主流である中華麺とはマッチしない。そこで、創業者は親しくなった取引先の店主らと熱心に対話し麺の研究を重ねる。1955年頃にかけて、太くても短時間でゆで上がる「多加水麺」、黄色い見た目で視覚に訴える「卵入り麺」、スープとの絡みが良い「ちぢれ麺」など、今に続く札幌ラーメンの原型が次々に出来上がっていった。
特に、味噌ラーメン発祥の店「味の三平」では、強火で炒めた野菜、しっかりした味わいのスープ、そして西山製麺の黄色いちぢれ麺を合わせた一杯が大きな評判を呼んだという。
300種類以上の麺に対応西山社長は「終戦直後の札幌にラーメン店はほとんど存在しなかったと聞いている。そこに新しく立ち上がったラーメン店や製麺業者、そしてお客様が一体になって新しい食文化を生み出した」と説明する。
創業時の思いは今も受け継がれている。「われわれの工場が得意とするのはユーザーの要望にきめ細かく応える多品種少量生産だ。現場には約30人の製麺技能士がおり、実に300種類以上の麺に対応。効率ばかり追求するのではなく、あくまで品質重視の人を中心とした『食品工房』を目指している」(西山社長)。
なお、かねてより各部門でHACCPやJFS-Bなどの認証取得を推進。2021年にはFSSC22000・ISO22000認証を本社工場の全部門で取得した。「当社のように人手をかけたスタイルで取得できた工場は珍しいはず」と胸を張る。