飲料自販機が大学の収入源の多様化を支援――。
伊藤園の一社員のありあまる情熱が京都大学を突き動かし、冒頭のムーブメントへと発展しうる取り組みが始動した。
3月19日、京都大学の附属図書館に伊藤園の寄付型自動販売機(自販機)が設置された。今後、同自販機での売上金の一部が京都大学基金に寄付されることとなる。
昨年11月、伊藤園からの提案を受けて、学内で調整を図り設置へと働きかけたのは、京都大学の加減(かげん)正樹さん。大学機関への提案から4か月での新規自販機設置というのは伊藤園にとって異例の早さという。
加減さんは伊藤園の提案を受け入れた理由の1つに、寄付金など外部資金の調達の必要性を挙げる。
国の交付金が毎年減少する中、加減さんが所属する成長戦略本部企画管理部オペレーション・マネジメント・オフィスでは、資金調達に奔走している。
加減さんは「国に頼らず自前で使えるお金を外部から集めていくことをミッションとしており、学生の利便性の向上と寄付金につながる自販機を設置するのは物凄く魅力的」と期待を寄せる。
大学運営は現在、国立・私立ともに財政難の岐路に立たされている。
「2004年に国立大学が法人化されて以降、一定額の交付金が毎年削られており、大学は自ら稼ぎ、稼いだ資金を運用して運営していく必要がある。今後は資金調達できる大学が生き残り、それができない大学は教育と研究の質がどんどん低下していく」と指摘する。
一方、海外の上位の大学基金は数兆円規模であるが、日本の上位の大学基金は数百億円規模と100倍程度の差がある。
「海外では日本と違い、大学への寄付が当たり前のように行われている。大学は寄付や共同研究で集めた資金をファンドで運用し、その利息で運用している。その結果、日本と海外の大学では研究力と教育力で差が広がりつつある」と危機感を募らせる。
こうした中、自販機設置によって寄付文化の広がりにも期待を寄せる。
「京大だけではなくて、日本の寄付文化に寄与していけるような仕組みづくりが大学としても必要になる」との見方を示す。

学生が気軽に参加できる寄付のカタチ
自販機設置のもう1つの決め手には、学生の利便性向上を挙げる。
「学生の利便性向上の目的が一番大きい。学生の喜ぶ姿や声がどんどん増え、これと連動して売上げ拡大して目立つ自販機になればいい」と語る。
学生が気軽に寄付できる点にも着目する。
自販機には、京都大学を象徴する時計台の水彩画ラッピングが施され“この自動販売機の売上の一部は京都大学へ寄付されます”の文言があしらわれている。
「何か手続きを踏んで寄付するのはなく、飲料を買うことで寄付できるというのが大きい。大学の広報活動の中でも全面的にSNSなどで発信していく」と加減さんは力を込める。

設置先は、施設部の意見も取り入れて附属図書館に決定。商談時は、生活協同組合が京都大学内の自販機を一括管理していたが、伊藤園の熱意や施設部の協力もあって、その壁を乗り越えた。
附属図書館は、旧七帝大の中で来館者数が単館としては一番多く、試験期には来館者数が1日5000人を超える日もあるという。学生以外に一般の方の来館も受け入れている。
附属図書館利用支援課の西川真樹子さんは「利用者アンケートの結果からは学生の“館内に飲食スペースを設けてほしい”という強い要望が伺える。気持ちよく利用していただける環境を整えるのも我々の仕事であり、館内で説明したところ快諾が得られた」と振り返る。

大学生協と至近の距離ということもあり、附属図書館ではこれまで自販機を設置したことはなかった。
「2009年に附属図書館内に学生がほぼ24時間利用できる『学習室24』を新設した際に、自販機設置の話が浮上したが、大学生協との競合を懸念する声もあり、設置には至らなかった」という。
現在は、館内でフタ付の飲料を飲むことができ「学習室24」内に設けられた「なごみ」エリアでは飲食も可能となっている。
自販機を受け入れる素地が整う中で、伊藤園の提案が合致した。最初にアプローチしたのは、東京営業推進部で新規開拓に取り組む石﨑順平さんだった。

決め手は「石﨑さんの思い」 寄付文化醸成に向けて始動
伊藤園ではエリア制を敷いており、関西エリアの営業は基本、関西営業推進部が担当している。今回、東京から“飛び地”での営業となったのは、ひとえに石﨑さんの情熱による。
石﨑さんは、個人的に難病の治療に関心を持ち続ける中で、京都大学 iPS 細胞研究に目がとまる。
その出会いについて石﨑さんに訊くと「難病のことをいろいろと調べていくうちに、iPS 細胞を使った再生医療や京都大学の山中伸弥教授(現・京都大学iPS 細胞研究所名誉所長・教授)のことを知り、3年ほど前から、京都大学基金の1つであるiPS細胞研究基金に毎月些少だが個人的に寄付させていただいている」と説明する。
自販機への商品の補充や小売店での品出しなど地域密着型のルート営業を担当していた石﨑さんに転機が訪れる。昨年5月、新規開拓を担う現職に就いて以降、「提案内容は全く固まっていなかったが、何か仕事と結びつけられないかと漠然と考えるようになった」という。
そんな石﨑さんに、教育機関の新規開拓へと水を向けたのが上司の高橋利至さん。
「新規開拓はルート営業と異なり、全くお取引のないところに出向かなければいけないので壁が物凄く高い。石﨑も5月からの半年間、苦しいだけの時期だったと思うが、石﨑が最初に興味を示したのが学校関係だった」と高橋さんは振り返る。
石﨑さんが京都大学に最初にアプローチしたのは昨年11月。メールでのやりとりから始まり、加減さんとオンライン形式による商談に漕ぎつけた。
そこから、加減さんの迅速な学内調整により急転直下に話が進展していく。
「最終的には石﨑さんの思いが大きかった」と振り返るのは加減さん。
「大学にはいろいろなセールスのお話をいただくが、セールス色が強くなり過ぎないことが結構大事であったりする。ご寄付者さまである石﨑さんからのご提案は、私の中にハマり、私のほうでは日程調整しただけだが、多方面からのご協力もあってトントン拍子に進んでいった」と続ける。
両者で打合せを重ねて、自販機での販売を通じて京都大学基金に寄付する仕組みを構築。高橋さんは「単に売上や寄付額を増やしていくのではなく、寄付文化の醸成など社会的な動きにつながるように発展させていきたい」と力を込める。
今後、伊藤園としては京都大学基金に賛同する約2000社へのアプローチを試みる。
「従業員200人以上の企業に置いていただければ、年間の寄付額はかなりのものになる。他の飲料メーカーと競合する可能性もあるが、棲み分けを図りながら、ともに盛り上げていきたい」との考えを明らかにする。
そのほか、京都大学での自販機新規設置を先行事例に、他の大学にも寄付型自販機の提案を行ったところ「驚くほどよいリアクションをいただいている」と期待をにじませる。
高橋さんいわく、石﨑さんのモチベーションは今物凄く高い状態にあるという。
「石﨑は今、いろいろなところから情報をいただいて吸収している。社内でも投資に踏み切り、売上を超えたことが石﨑の周辺で起こりつつある。同じ部内で石﨑の京都大学さまへの思いを常日頃聞かされており、一緒に仕事をしてとても気持ちがいいし感謝している」と評する。
京都大学に自販機が設置された3月19日、高橋さんと石﨑さんは東京から駆けつけた。
自販機設置を終えた後、石﨑さんは「新規開拓の専門部署に配属され辛かったが、自分の思いを伝えれば共感していただけると今回実感できたため、ダメもとでも興味のある分野にチャレンジしていけば新たな出会いが生まれると思っている。今後も寄付型自販機を広めるために活動していきたい」と意欲をのぞかせる。
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