「頭がスッキリ」脳神経細胞の活性化促すトリゴネリンを多く含むコーヒーやお茶を独自開発 栽培も軌道に乗り拡大基調 澤井珈琲

2023年に第4工場の建設 収穫体験できるコーヒーパークも構想

 コーヒー生豆やコーヒーの葉に多く含まれるトリゴネリンは、脳神経細胞の活性化を促す成分ではあるものの、熱に弱く、焙煎する過程で熱分解されニコチン酸と呼ばれるビタミンB群に変わってしまう。

 鳥取県境港市に本拠を置く澤井珈琲は、トリゴネリンを壊さずに低温焙煎した豆と通常焙煎豆をブレンドすることで、風味を損なわずにトリゴネリン入りのコーヒーをつくることに業界に先駆けて成功した。

 「トリゴネコーヒー」の商品名で2003年に発売開始。以降、葉や茎にもトリゴネリンが多く含まれることを突き止め、葉を煎じた商品開発を進める。

取材に応じた澤井幹雄社長と澤井由美子さん - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
取材に応じた澤井幹雄社長と澤井由美子さん

 その際、コーヒーの葉は輸入植物検疫対象で輸入困難であることから17年3月に現在の主力工場となる第3工場の建設に伴い、ビニールハウス4棟を併設してコーヒー栽培に乗り出し、18年に「トリゴネコーヒー茶」の商品名で販売開始した。

 その後、販売と栽培は軌道に乗り、さらなる拡大を目指し23年に第4工場の建設を予定している。これに併設して見学施設を兼ねたコーヒー栽培ハウスを建設予定だという。

 取材に応じた澤井幹雄社長は「売上げは大事だが、売上目標とかはなく、楽しんでモノづくりをして健康でお客様に喜んでいただけるような商品を作っていきたい。第4工場付近には豪華客船が停泊できるターミナルがあり、鳥取県側から“観光できるような施設が欲しい”とのご要望をいただいたこともあり、コーヒーの収穫体験やテスト焙煎できる場を考えている」と語る。

豪雪地帯でコーヒー栽培 不可能を可能にした工夫とは?

主力工場となる第3工場(写真奥)に併設した4棟のビニールハウスうちの1棟 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
主力工場となる第3工場(写真奥)に併設した4棟のビニールハウスうちの1棟

 栽培はコーヒー生葉の調達が主目的だが、ビニールハウスの豆を混ぜた自社ファームブレンドに意欲をのぞかせるのは妻の澤井由美子さん(澤井珈琲ウエルネス社長)。

 現在、ビニールハウス4棟には2万本のコーヒーノキが鉢植えされ、昨年はコーヒーチェリーで50kg、生豆換算で5kgを収穫。今シーズンは多くの鉢に花が咲いたため昨年の10倍の収量を見込む。

 「週6日かかさずビニールハウスで手入れしていると、白い可憐な花が咲いたり、その後、米粒のような実がだんだん大きくなり、驚きとともに愛着が涌いてくる。少量のためストレートは難しいが、ブレンドすることで栽培した豆を多くの方に楽しんでいただきたい」(由美子さん)との青写真を描く。

ビニールハウス内の様子。一部の天井には日よけとしてブドウのつるを張り巡らせる。 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
ビニールハウス内の様子。一部の天井には日よけとしてブドウのつるを張り巡らせる。

 コーヒー生産地は、北緯25度から南緯25度のコーヒーベルト地帯と呼ばれる赤道を中心としたエリアが適しているとされる。
 その点、北緯35度の鳥取県は年間平均気温14.9度で冬場は積雪で氷点下にもなる豪雪地帯でコーヒーの栽培は不可能とされていた。

 澤井珈琲では、ビニールハウス新設前に実証実験として店舗内での栽培に挑戦。

 「急激に温度が下がると枯れてしまうが、プチプチ(緩衝材)や段ボールを巻いておくと寒さ対策ができる。そのほかいろいろなことをやってみると花が咲き実をつけることができ、これだったら“できる”と確信した」と由美子さんは振り返る。

 ビニールハウスには、ビニールシートを二重にして加湿器を設置。「冬を越すごとにコーヒーノキが環境に順応して強くなってきている気がする」という。

ゲイシャ品種(手前) - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
ゲイシャ品種(手前)

 将来は今後新設される第4工場に太陽光パネルを設置するなどして灯油に頼らない栽培を目指す。

 ビニールハウスでは希少品種も栽培し、5本あるゲイシャ品種は今年開花して順調に生育。今シーズンに収穫した豆から苗木をつくりゲイシャ品種を増やしていくことも予定している。

 日本でのコーヒー栽培の最大の課題とされる台風や強風については「鳥取県は台風などの自然災害が少なく気候条件に恵まれている」(鳥取県WEBサイト)ことから台風対策は特段なされていない。

 気候条件に恵まれているのは、海抜1709mで中国地方最高峰の大山(だいせん)に守られているためと見る向きがある。
 大山は霊験あらたかな名山で、環境省のWEBサイトでは「大山は古来“大いなる神のいます山”として人々に崇められ、山の中腹には古くからの史跡や神社仏閣が数多く残され荘厳な雰囲気に包まれている」と紹介されている。

健康に特化したおいしい商品開発に注力

ビニールハウスでなるコーヒーチェリー - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
ビニールハウスでなるコーヒーチェリー

 ビニールハウスで栽培したものは余すところなく商品化していく考え。

 肥料などにされるコーヒーの赤い実(コーヒーチェリー)を使ったコーヒーチェリーティーを視野に入れる。
 「ビタミンCが豊富なハーブティーのようなものができそう。葉っぱの収穫が目的だが、健康に特化したおいしいものをつくりたいという思いがあり、まだまだいろいろなことにチャレンジしたい」(由美子さん)と意欲をのぞかせる。

 この思いもあり、商品開発は顧客に喜んでもらえることと健康を重視。

 特に健康を強く意識するようになったのは、澤井社長が店に立ち販売が軌道に乗った頃、顔見知りの常連客がある日を境にパタリと来なくなったことが引き金となった。
 のちにその常連客は体調を崩し入院していたことを知り「コーヒーに含まれる成分で何かお客様に恩返しができないかと考えるようになった。これまで地元のお客様に育てていただいていたことから恩返しへの想いが日増しに強くなっていった」と澤井社長は述べる。

「トリゴネコーヒー」誕生物語

「トリゴネコーヒー」「トリゴネコーヒー・カフェインレス」 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
「トリゴネコーヒー」「トリゴネコーヒー・カフェインレス」

 この思いから誕生したのが冒頭の「トリゴネコーヒー」。

 契機は、富山医科薬科大学和漢研究所(現・富山大学和漢医薬学総合研究所)の服部征雄教授が03年に論文記事を発表し、由美子さんの目に留まったことにある。

 服部教授らの研究によるとトリゴネリンには神経樹状突起を伸ばす働きがあり、トリゴネリンを投与したマウスに記憶の保持効果があることが判明。

 ヒトに対しても、ヒト神経芽細胞腫にトリゴネリンを加えて培養したものと、トリゴネリンを加えなかったものを6日間観察したところ、トリゴネリンを加えたものにより長く伸びた突起が観察された。

 培養実験のレベルではあるものの、トリゴネリンがヒトの脳の神経細胞に新たな回路を作り出す可能性を示唆する内容だった。

 この論文に感銘を受けた由美子さんは、ツテもないまま富山大学に電話で直撃。たまたま服部教授につながり、面会・指導を受ける機会を得ることができた。

 「論文どおりに商品をつくって服部先生のところに持参すると、論文はあくまで論文であり、コーヒーとして楽しむには適していないという話になり、鳥取県産業技術センターの食品開発研究所を紹介いただき、産官学連携のはしりとして『トリゴネコーヒー』が開発された」(澤井社長)。

 官は鳥取県(当時・片山善博知事)、学は鳥取大学医学部。

 服部教授から、認知症予防の専門家として知られる鳥取大学医学部保健学科(認知症予防学講座)の浦上克也教授を紹介されたことで研究内容に深みが増すこととなる。

「とろみ紅茶」 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
「とろみ紅茶」

 鳥取大学が多人数を対象にした実施したアンケートでは「頭がスッキリした」「物忘れが減った」「笑いが増えた」との回答が多く寄せられ、治療効果をみるエーダス検査では、認知症予備軍7人にトリゴネリン入りのコーヒーを飲んでもらったところ6人に効果がみられた。

 この産官学連携により「トリゴネコーヒー」に次いで「トリゴネコーヒー茶」が生まれ、さらに、テアフラビンを多く含む「とろみ紅茶」の開発にも成功した。

 「とろみ紅茶」は、コンニャクイモから抽出した食物繊維でとろみをつけた紅茶で、とろみをつけることで飲用後、強い抗酸化力を持ち殺菌や風邪の予防に対して効果・効能があるとされるテアフラビンがしばらく喉元に留まるようになっている。
 「『とろみ紅茶』は自衛隊発表の論文をもとに、鳥取大学医学部ウイルス学分野の景山誠二教授らと共同開発した商品で“飲むマスク”と表現している。社員にも薦めたところ風邪で休む人がいなくなった。これもお客様への恩返しと考えている」。

「トリゴネコーヒー茶」 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
「トリゴネコーヒー茶」

 7月には特許出願中だった「トリゴネコーヒー茶」のコーヒー茶葉の製造方法の特許を取得した。

 類似商品が増えてきたことが背景で「当初は商標登録で守り特許を取得する考えはなかったが、類似商品があまりに多く、特許を取得して意義申し立てができるようにした」という。

脱サラして創業した澤井社長 「夢を継承してもらいたい」

 澤井社長はアイデア豊富で過去から業界初の商品を連発しヒットに導いた。

 オフィスコーヒーサービス(OCS)市場に開拓余地があるとの着想から脱サラして創業に踏み切ったものの、最初は的外れで、苦難のスタートとなった。

2005年に鳥取県産業振興功労「ときめき企業賞」を受賞 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
2005年に鳥取県産業振興功労「ときめき企業賞」を受賞

 「総務・経理畑で実務関連の記事を読み、これからはオフィスや家庭でコーヒーが飲まれる時代が来るという希望的観測で独立したものの、実際に営業してみるとOCSは大手の独壇場だった」という。

 1982年に創業し業務用ビジネスを展開。その後、店舗を構えて一般消費者に卸値での販売も手掛ける。

 創業期は、澤井社長と由美子さんに加えて、由美子さんの同級生に手伝ってもらい、待っていても店舗に来店してもらえないとのことから、交代で1人が店番、2人が営業で外回りをする日々が続く。

 「この人(由美子さん)は契約をとれるのだが、私は総務・経理畑で営業をしたことがなく、全くとれなかった。飛び込みでドアを開けるまでが大変で、辺りを何周してから思い切って開けるのだが、一瞬で断られ落ち込むことが多かった」(澤井社長)と述懐する。

鳥取県境港市にある「SAWAI COFFEE&TEA ファクトリー店」。レジの背面に金の樽を模したパッケージが並ぶ。 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
鳥取県境港市にある「SAWAI COFFEE&TEA ファクトリー店」。レジの背面に金の樽を模したパッケージが並ぶ。

 由美子さんも「地図を用意し、とれたところを塗りつぶしていくのだが、20軒歩いて全くダメなときもあった。そんな経験から、お店に来られるお客様は本当に有難いと感謝している」と述べる。

 その後、外部の助言もあり店舗運営が軌道に乗る。これに加えて、長男の理憲さん(現・常務取締役)が旗振り役となって推進しているECが開花。ECは現在、澤井珈琲の屋台骨に成長している。

 2010年には台湾の百貨店に出店。そこで知り合った金髪のバイヤーから、売れるためのパッケージデザインのあり方などの指導を受け、金の樽やブック型などを模した独創的なパッケージが生まれていった。

ドリップバッグ専用自動販売機 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
ドリップバッグ専用自動販売機

 直近では7月にドリップバッグ専用自動販売機を鳥取砂丘コナン空港、米子鬼太郎空港、松江フォーゲルパーク、出雲空港の4ヵ所に設置し“全国制覇”を目指す。

 「各都道府県に1台ずつ置いてもらえれば全国制覇ができる。ご当地のパッケージやお子様の目にも留まる人気キャラクターをあしらったパッケージで、各地の貢献できる自販機を展開したい。そういう夢はあるのだが、年がついていけるか。次の世代にはビジネスではなく夢を継承してもらいたい」(澤井社長)と語る。