食品産業センター 荒川隆理事長に聞く 「新戦略」実動第一歩の年 食品情報発信の中核を担う

一般財団法人食品産業センターは、食品業界全体の相互連携を強化しながら、業界の中核的・横断的団体として消費者および農林水産業者との連携を図り、積極的にその役割を果たす役割を担っている。今期より新理事長に就任した荒川隆氏は、新型コロナウイルス感染症拡大という難しい時期での就任となったが、「コロナ禍でもマスクや消毒液のように食品がなくて困るようなことがなかったことは食品産業界の努力の証」と指摘。今年は、2030年に向け「みどりの食料システム戦略」や「食品の輸出拡大戦略」「プラスチック資源循環戦略」などさまざまな課題に向けて実動する第一歩の年だと位置付けている(聞き手・金井順一)。

――昨年を振り返っていかがでしたか。

荒川 昨年6月に食品産業センターの理事長に就任して半年が経過しました。半年を振り返ると、新たに変異株(オミクロン株)感染拡大が心配されますが、とりあえず10月以降、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などの規制が解除され、世の中は少しずつ昔の情勢に戻りつつあるように思います。昨年夏に開催された東京オリンピック、東京パラリンピックが無観客で開催されたことに象徴されるように、昨年は以前考えていたさまざまな目論見が大きく外れた年でした。一昨年3、4月頃を思い返すと、マスクやトイレットペーパーがスーパーの棚から消え、消毒液を求めて薬局やドラッグストアに大勢の人が並ぶなどのことが起こりましたが、そのようなことが食品にあったかと言えば、ほとんどありませんでした。コロナの影響により飲食業界は厳しい状況でしたが、食べ物がなくなることはなく、供給を含め食品産業界が努力された結果だと思います。

農林水産業や食品製造・加工業者、流通業者、最終的には末端のスーパーやドラッグストアの方々の努力で食品の安定供給が図られたわけです。医療や介護従事者が大変だったことは否定しませんが、彼らの対象者は全国民ではありません。しかし食品はすべての人の命をつなぐ役目を担っています。コロナを契機に、消費者には改めて食品の安定供給を確保する仕事(エッセンシャルインダストリー)の重要性を理解していただきたい。

――昨年は食品産業界でさまざまな新たな政策が打ち出されましたね。

荒川 私は昨年6月7日に理事長に就任したが、農水省の政策面では5月12日に「みどりの食料システム戦略」が公表され、7月20日に「ニッポンフードシフト」が開始、9月23日、24日の両日には「国連食料システムサミット」、12月7日、8日には日本で初めて「東京栄養サミット」が開催されました。私が理事長に就任した直前、直後に食料システムの大きな政策の節目があり、大変勉強になったと同時に、食品産業センターとしてお役に立てたと思います。

――去る8月には食品産業センターとして農林水産省大臣官房の水野総括審議官(新事業・食品産業)と宮浦新事業・食品産業部長に、令和4年度予算概算要求等に関する要望書を提出されましたね。

荒川 要望書では、みどりの食料システム戦略の具体化や加工食品の輸出拡大、プラスチック資源循環施策などについて関連施策の実施を求めるとともに、食品産業が直面している各種課題について理解を深めてもらい、対話を通じて課題解決に取り組んでもらえるよう求め、食品産業界の横断的な団体である食品産業センターとしての考えを提出しました。

――中でも「みどりの食料システム戦略」は大きな課題ですね。

荒川 この戦略は、今年、来年とかという短期的な課題ではなく、今後10年、20年の食品産業、消費行動も含めて大きく影響するものだろうと思っています。一昨年10月に菅前総理大臣が2050年のカーボンニュートラルを打ち出し、それ以降、各産業分野は、どのようにしてカーボンニュートラルに向かうかを考え、そこで出た結論が5月20日に発表された「みどりの食料システム戦略」です。日本の農産物の7割近くを食品産業が扱い、安心・安全・新鮮などの付加価値をつけて安定的に川下に流しています。「食料システム」という言葉をうたうならば、一次産業だけでは完結しません。川中・川下にある食品産業が、どのような方向に向かっていくのかを考えなければならないし、農水省もその視点が欠けていてはいけません。食品ロスの3割削減や労働生産性の3割向上などいろいろな課題があります。食品産業が抱えるいろいろな課題を共有し、どういう方向に持っていくかをともに考えるプラットフォームを作っていくことが概算要求に示されており、われわれも大いに期待しています。これからの10年とか長いスパンで考え、センターとしての大事な仕事になるだろうし、食品産業にとってもグリーン化や「みどりの食料システム戦略」の課題を抜きにしては考えられません。

――加工食品の輸出拡大も大きなテーマですね。

荒川 輸出拡大はここ数年の大きな政策の柱になっています。通常国会で輸出関係の法律改正が行われる予定と聞いており、引き続き、輸出促進が農政の大きな課題になるでしょう。輸出拡大の重点27品目の中で4品目が加工食品であり、これの輸出拡大に向けて食品産業センターとしてもしっかり取り組みます。

一方で国内製造した製品を輸出するビジネスモデルが、今後も普遍的なのかという疑問もつきまといます。自動車や家電など、かつて輸出の花形だった商品は今や企業が海外に進出し、現地で生産しています。翻って加工食品も、多くの食品企業が海外生産に着手しており、その市場規模は数兆円と言われています。ことさら製品輸出だけを取り上げて支援していくことが的を射たことかは疑問が残ります。

――食料・農業・農村への理解促進のための国民運動「ニッポンフードシフト」の取り組みも需要ですね。

荒川 この農水省の情報発信はおもしろい取り組みで、センターとしても大いに関心を持っています。これは一昨年3月に閣議決定された食料・農業・農村基本計画に根っこがあると承知しています。食料・農業・農村基本計画は5年に一度、10年先を見通し、それぞれの政策の方向性を打ち出していくものですが、そうした中で一昨年、食と農の国民運動が織り込まれました。食品産業界も、食料システムの中の重要な構成メンバーであることから、今後、展開されるさまざまなメディアやシンポジウムなどの施策対応に積極的に参画し、エッセンシャルインダストリーとしての食品産業の価値の再認識など、消費者・国民の行動変容に向けた理解醸成運動に参加していきたいと思います。農水省は、昨年10月から推進パートナーを募集しており、11月にはセンターもエントリーしました。

――食品業界にもサスティナブルやSDGsの動きが広まってきましたね。

荒川 食品メーカーは原料を使って製品を作り販売する。このことは非常に尊いことです。だが一体それは何のためにするのかを考える必要があります。食品メーカーは需要を満たすために切磋琢磨していろいろな商品を開発し製造している。需要に応えることが重要だが、需要と供給というマーケットメカニズムの外には、環境や資源問題もっと言えば地球にどうダメージを与えているかなど大きな問題が存在しています。

私も半年間、食品産業の方々とお付き合いさせていただき、特に大企業の皆さまはSDGsで先行されているのを実感しました。各社が中期的に企業の存続を考える場合、将来の日本全体の食品産業はどうなるかなど高い次元で物事を考えており、サスティナブルは避けて通れないということで、日本もようやくこうした動きが始まったなと思います。世界経済のプレイヤーの一員として事業をするならSDGsに対応しなければ何もできません。各社は軒並みSDGs推進室やサスティナビリティ推進のための部署を設置しています。それをないがしろにしては本来のマーケットメカニズム・商売もできなくなります。

――値上げが相次いでいますね。

荒川 穀物価格の高騰や海上運賃の上昇、円安の進行、原油の高騰で、加工食品の原材料価格が上昇しています。特に原油高の影響は物流コスト、工場の燃料費、包装材料費まで押し上げる要因になっています。食品業界においても企業努力だけでは吸収できないレベルにあり、値上げが相次いでいるわけです。11月には、小瀬食品産業センター会長と川村食品産業中央協議会長が金子農水大臣を訪問し、情勢を説明するとともに、価格転嫁の必要性を訴えました。適正な価格での取引が実現しないと、長い目で見ると必ず食料システムのどこかに歪が生じます。いずれにしても消費者に理解をいただき、適正な価格転嫁が行われることが重要だと思います。

業界は血のにじむような努力によりコストを吸収しているわけです。今回の原料高やフレートの価格高騰などに伴って、食品メーカーは最大限の努力をした上でなお、吸収できない部分は川下にお願いせざるを得ないことは当然のことだと思います。川下が値上げを受け入れないと、コストアップ分が転嫁できなくなり、サプライサイドでは、その価格では供給できなくなる。これが長期的に続けば、そういう商品は国内で製造できなくなる。これが長く続くと食品メーカーは国内に存続し得なくなります。ぜひとも川下の皆さんにご理解をいただき、必然的に生じてくるコストアップは消費者の皆さんに負担してもらわなければなりません。適正なコストアップを製品に転嫁できるような仕組みをつくっていくことが重要です。

――12月7日、8日には世界の栄養課題に向けた国際的な取り組みを推進するため、日本初の「東京栄養サミット2021」が開催されましたね。

荒川 この栄養サミットにおいては、2030年までに飢餓を撲滅する国連の目標、新型コロナウイルス感染症による世界的な栄養不良の悪化および疾病の予防・治療における栄養の重要性の指摘などを踏まえ、栄養不良を終わらせるために不可欠なテーマ(①栄養と健康、②健康的で持続可能な食料システム、③脆弱な状況下における栄養不良対策、④説明責任、⑤資金の確保)について政府、国際機関、民間企業、市民社会などさまざまな関係者が発表し、議論されました。

サミットは世界に向けて情報発信する重要な機会であることから、食品産業センターとしては、事務局を担っている「栄養改善事業推進プラットフォーム(NJPPP)」の活動を通じて、企業がコミットメントを作成する際に、参照してもらうための日本の食品産業としてのメッセージを取りまとめました。農水省が主催して行われるサブイベントや関連セミナー・シンポジウムなどの場においても、日本の食品産業のプレゼンスを高めるための情報発信を行いました。

 - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)