食品産業センター 荒川隆理事長に聞く 横断的課題へ「官民連携プラットフォーム」 持続可能な食料システムの移行を

食品産業センターは昭和45年に、食品産業全体の相互連携を強化しつつ、食品産業の健全な発展を図るための唯一の中核的・業種横断的団体として財団法人として設立された。平成25年に一般財団法人に移行し、以来、食品産業の調整役・推進役として消費者、各省庁と連携しながら食品企業と連携し、その役割を果たしている。食品産業をめぐる環境が変化する中で、最近では地球環境や価格転嫁、サスティナビリティ対応など業界の横断的な課題が発生し、そうした課題解決のため昨年、「フードサプライチェーン官民連携プラットフォーム」が設立され、センターの役割が高まっている。そこで荒川隆理事長にその狙いなどインタビューした。(聞き手:金井順一)

持続可能な食料システムの移行を

――昨年の食品業界を囲む外部環境を振り返っていかがでしたか。

荒川 私は令和3年6月に理事長に就任しましたので、就任以前の令和2年から3年の前半にかけての新型コロナウイルス感染症の食品産業への影響などについては、正直実感としての認識がありませんでした。その後次第にコロナの実態が解明され、ワクチン接種も進むにつれて、感染対策さえ注意すれば過度に恐れる必要はないということで、感染予防をしながら経済活動が再開されてきています。人が出会い、会話して、おいしいものを食べ、おいしいお酒を飲むところに、喜びや出会い、発見があるわけで、食品産業界はこれをお手伝いする役目があります。これからは感染に注意しながら、少しずつ平時の状態に戻っていくべきだと思います。

感染症が増えていた頃は、センター主催の会議や会合はWEBで行っていましたが、一昨年暮れからWEBと対面によるハイブリッド形式で行っています。政府も昨年10月より、海外からの水際対策を緩和し、新たな方向に舵を切りました。コロナ禍では需要が激減し食品業界も大変でしたが、今度は原料価格の高騰が業界を襲っており、大変な状況です。

――昨年7月から新事務所に移転しましたね。

荒川 センターにとって新事務所への移転は、昨年の一大行事でした。長年入居してきた港区赤坂の三会堂ビルが建て替えられることになり、新事務所(千代田区二番町5番地5、番町フィフスビル5階)に移転し、昨年7月から新事務所にて業務を開始しました。いったん仮住まいに移転してから元の場所に戻るのではなく、次の50年に向けても居られるような事務所を探そうということで、いろいろ準備をしてきました。関係官庁との関係で、官庁からあまり離れた場所に移転するのは不便であり千代田区二番町に決めました。

――最近の食品産業を、どのように認識していますか。

荒川 食品産業をめぐる情勢については、昨今の国際的な穀物価格の高騰などによる製造コストの上昇は、企業努力では吸収困難な水準にあるとともに、コロナ禍による飲食や観光向け需要の激減などが経営に大きな影響を及ぼすなど厳しい環境にあります。一方で、持続可能な食料システムへの移行が世界の共通認識となり、より高い水準を目指した国際ルールづくりが進行しており、農林水産省でも「みどりの食料システム戦略」に基づく施策が推進されています。また企業の行動規範としてSDGsが幅広く意識されるようになり、食品産業として取り組みのすそ野を広げることが必要となっています。

このように環境変化への対応と同時に、縮小する国内市場と、事業規模が小さく付加価値が他産業に比較して低いなどの構造的な課題も抱えており、コロナ禍においては国際的なサプライチェーンの脆弱性も認識されました。

食品メーカー各社が値上げを実施(ヨークフーズwithザ・ガーデン自由が丘中野店) - 食品新聞 WEB版(食品新聞社)
食品メーカー各社が値上げを実施(ヨークフーズwithザ・ガーデン自由が丘中野店)

「転嫁円滑化会議」価格転嫁の出発点

――昨年は、原材料価格の高騰や原油高に伴う輸入・物流コストの上昇、包装資材・容器の高騰、加えて急激な円安に伴う輸入コストの上昇などにより、食品の値上げが相次ぎました。これまでの価格転嫁の経過を教えてください。

荒川 令和3年11月に小瀬センター会長(当時)と川村食品産業中央協議会会長が金子農水大臣(当時)を訪問し、原材料の高騰は企業努力では吸収しがたいレベルとなっている状況を説明し、合理的な価格で取引が行えるよう支援を申し入れました。同年12月には岸田総理および関係官僚の出席の下、23の経済団体および事業者団体の長が出席し、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化会議」が開催され、毎年1~3月を転嫁対策に向けた集中取り組み期間と定め、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」が決定されました。原油価格や原材料価格などが高騰する中で、食品メーカーはこれらを価格に転嫁し、川下の皆さんにも受け入れてもらい、消費者にも納得していただく必要があります。そのためには消費者の懐が温まらなければなりません。政府はこのことを「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」として捉え、これが事実上の価格転嫁の出発点でした。

当然、センターの会員会社は、企業経営を進めていく上で、それより前から原油価格や原材料価格の高騰などに頭を悩まされてきました。政策と食品業界を結ぶセンターの立場からすれば、政府が転嫁円滑化施策をパッケージで打ち出し、適正かつ円滑な転嫁が大事だと表明してもらったおかげで、センターとしても、様々な場所で価格転嫁の重要性を発信することができました。昨年の上半期は、そうした機会が特に増えました。企業サイドでも値上げや値直し、値戻しがしやすかったのではないでしょうか。

ところが昨年7月に参議院議員選挙が行われ、政府は価格転嫁は大事だが、消費者にとってみれば物価が上がれば家計も苦しくなり、急激な物価高騰は家計にとってよくないという方向にいってしまいました。政府は、物価・賃金・生活総合対策本部を立ち上げ、特にガソリンと食品は二大悪者のように言われてしまいました。しかもガソリンには巨額の財政資金を投入されましたが、食品はないのかなどの意見も出ました。食品産業としては、「家計が大変になるから物価高を抑えろ」「価格転嫁を行うな」と言われても、無理な話です。

ご承知のように、消費者物価と企業物価の間はワニの口状態であり、大きな開きがあります。輸入品を中心に企業物価はグンと上がり今は9%ですが、今までピクリとも動かなかった消費者物価は、ようやく3%になったばかりです。そこには6%の開きがあります。荒っぽく言えば、企業は高いモノを買っても川下に十分な転嫁ができていないということで、企業サイドは大変だと思います。そのためにも当初から考えていたように高騰部分をキチっと転嫁し、そこからの原資を使って労働者に分配し、その結果、消費者の懐が温まり、結果的に消費者物価に反映されるような好循環な政策が必要なわけです。政府による小麦価格の抑制策など短期的な動きはそういうことなのでしょうが、それだけでは続きません。大きな経済政策により長期的に循環できるような対策が必要だと思います。

今まで輸入穀物は上がったり下がったりして、一時的に上がっても、1年、2年すれば、また元に戻りました。今までは短期的な物価対策をしている間に物価は戻りました。今回は、ロシアのウクライナ侵攻などもあり、そうはいきません。新しい物価体系、価格体系の中で、企業はどのようにアジャストしていくかが求められています。そのアジャストがうまくできるような政策が必要だと思います。

サプライチェーン連携で課題解決を

――昨年8月に官民が車の両輪となり、業界が抱える様々な課題を解決する「フードサプライチェーン官民連携プラットフォーム」が設立されましたが、その狙いは何ですか。

荒川 新型コロナウイルス感染症や物価の高騰、長期的な気候変動をはじめとする地球規模の課題への対応など食品産業をめぐる環境がめまぐるしく変化し、フードサプライチェーンのステークホルダーが連携して課題解決に取り組むことの必要性に迫られています。そこで一昨年来、フードサプライチェーンと農水省がダイレクトにつながり官民が連携して課題を迅速に共有し、知恵を出し合い、官と民が連携して課題解決するための場を作る準備が進められ、昨年8月31日に「フードサプライチェーン官民連携プラットフォーム」が設立されました。

そこでセンターでは、「令和4年度食品産業課題解決プラットフォーム運営・調査委託事業」に応募し、事務局を務めることになりました。センターの主な業務は、

①プラットフォームを組織するための会員の募集
②会議開催
③セミナー開催
④ポータルサイトとなるホームページの開設

などです。9月には農水省、幹事団体と連携しながら会員の募集を開始しました。

価格転嫁や物価高騰も含め、ここ数年で様々なことが起こっており、食品産業をめぐる環境は非常に激しく変化しています。そういう場面では、今までは例えば製粉業界や乳業業界など個別の業界団体は所管する農水省の部局に陳情して対応してきましたが、そのような業界団体による個別の対応だけでは課題解決は難しい食品産業全体にかかわる問題が発生しています。

そこでプラットフォームを通じてフードサプライチェーンと農水省がダイレクトにつながり、課題解決を目指していきます。幹事団体は7団体で、今、会員を募集しています。食品メーカーや卸、小売、流通、川上の農林漁業、行政、研究機関、NGO、自治体、消費者団体などにもお声がけして会員を募っており、現在は120社程度になりました。

今後はセンター会員全社に入会していただくよう、さらにプラットフォームの輪を広げていこうと思っています。まずは場作りと同時に、テーマ作りのために食品産業全体の共通課題を認識、共有し、これを基にテーマを決め、その解決のために勉強し、課題解決のための会議や調査を行い、課題解決のためのヒントがみつかったら、オープンの場でセミナーを開いて広く共有していくことを目指しています。

価格転嫁の円滑化など短期的な取り組みはもちろん、脱炭素やESG投資、「みどりの食料システム戦略」で謳っている生産性の向上など息の長い取り組みもあります。令和5年度以降も農水省から支援していただけることを前提に、センターとして息長く取り組んでいきたいと思っています。

――昨年から始まった「みどりの食料システム戦略」の経過を教えてください。

荒川 「みどりの食料システム戦略」は、令和2年10月に菅総理(当時)がカーボンニュートラル目標達成を宣言するなどの状況の下で、持続可能な食料システムを構築するため、2050年を目標として食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションする「みどりの食料システム戦略」が、令和3年5月に策定されました。令和4年7月には「みどりの食料システム法」が施行されました。

しかし、「2050年に向けた食料システムとして、川上から川下までの戦略の心意気は分かるが、具体的な中身がないとか、唐突感がある、拙速」などとメディアから批判も浴びました。センターとしても川上から川下までの食料システム全体の課題であると考えていますが、最終的には消費者が一番大事なわけです。消費者の行動変容をどう実現するかが重要です。食料システムのグリーン化を進める上で、SDGsやESGなど持続可能で、地球に優しい食料システムを推進するには、お金もかかります。農業の世界でも化学肥料や農薬に依存した慣行型の農業や生産体制のほうが効率的で安くできるはずです。

しかし今や世の中の切り口や考え方が変わりました。例えば有機農業をするには最終的な価格に転嫁し、消費者に負担していただかなければなりません。消費者が安いほうがいいと言えば、いくら「みどりの食料システム戦略」といっても受け入れられません。一番大事なことは、消費者に理解を求めるための啓発活動や理解醸成活動であり、お金がかかるがサスティナブルな活動をしている農業から生まれた製品を消費者に選択してもらうような、そんな消費者が行動変容を起こすような形を実現することが究極の目的でしょう。そういう意味では、「みどりの食料システム戦略」は、まだまだ緒についたばかりですが、文句ばかり言っていても仕方ありません。

戦略を実現するため、昨年7月に「みどりの食料システム法」が施行され、食品事業者を含む食料システムの関係者の理解と連携などの戦略の基本理念等が法定化され、この法律に基づく国の基本方針が9月に公表され、制度の本格的な運用が開始されました。予算も通って、いよいよこれからです。今後は現場に浸透していくことを期待しています。この戦略は、今年、来年とかという短期的な課題ではなく、今後10年、20年の食品産業、消費行動も含めて大きく影響するものだろうと思っています。

避けて通れないサスティナビリティ対応

―― 業界にはサスティナブルやSDGsの動きに拍車がかかっていますね。

荒川 特に大企業はSDGsの対応において先行していることを実感しています。各社が中期的に企業の存続を考える場合、将来の日本全体の食品産業はどうなるかなど高い次元で物事を考えており、そこではサスティナブルは避けて通れないわけで、日本もようやくこうした動きが始まったなと思います。

食品産業を持続可能にするための取り組みは待ったなしの課題です。例えばプラスチックの資源循環に関しては、令和3年6月に「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」が可決され、昨年4月から施行されました。今年4月からスタートする予定の容器包装プラスチックと製品プラスチックの一括回収・リサイクル運営については、様々な課題があり、主務省の検討状況を注視しています。PETボトルは環境配慮製品設計として認定される方向になっており、これ以外の製品についての認定制度の活用や、その他の制度の影響についても注視しています。

人権をめぐる動きでは昨年9月に政府から「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のガイドライン」が公表され、取引先も含めて強制労働や差別などの行為がないかの特定を企業に求め、予防と解決の取り組み経緯の公表など4段階での対応を促しました。農水省でも、持続可能な食料生産・消費のための官民円卓会議において、人権を取り扱う作業部会が設置され、議論が行われるとともに、新事業・食品産業部では食品企業のビジネスと人権に関する取り組み状況の調査が行われています。

今やサスティナブルやSDGsへの対応は避けて通れません。物価高騰やウクライナ問題、原発問題などにより、短期的には揺り戻しはあるかもしれませんが、中長期的にはこの流れは元には戻らないでしょう。海外に見習わなければ置いていかれると、経産省や外務省は国際的な流れをみながら、情報を発信しています。農水省も分かりやすく咀嚼して、丁寧に指導してほしいものです。

大手企業はサスティナブルやSDGsにすでに対応していますが、99%を中小企業が占めている食品産業は、まだ対応が遅れています。持続可能のためには何をすればいいのかなど中小企業にも分かるような説明をしてほしいと思います。

――新型コロナにより生活環境や消費環境が大きく変わりましたね。

荒川 食品消費で言えばEC需要に拍車がかかりました。過酷な通勤ラッシュを避けてテレワークが増え、田舎暮らしの動きも急に脚光を浴びてきました。こうした動きはコロナが収束しても、恐らく単純にはコロナ前に戻らないと思います。こうした動きを消費者がどう理解するかです。企業活動がうまく運び、労働者への分配率が上がらなければなりません。失われた30年とよく言われますが、日本はこの30年間、労働政策や社会政策の面でいったい何をしてきたのだろうと、つくづく思います。

――今年はインバウンドは再開されるでしょうか。

荒川 私も仕事で地方に出張するケースが増えましたが、最近は新幹線や飛行機は満席の状態です。全国を対象にした旅行割が始まり、空港や観光地のお土産屋さんも人が増えており、短期的でも旅行カンフル剤として効いてくるのではないかと思われます。食品業界にとってもインバウンドはぜひ戻ってきていただきたいものです。

コロナ禍だった過去2年間は、年始の賀詞交換会はほとんどありませんでしたが、今年はコロナ前のように賀詞交換会を再開する団体が増えているように感じます。新年会や結婚式や誕生日パーティーなどは平時の形に戻っていただきたいものです。

――今年10月からインボイス制度が導入されますね。

荒川 私は昭和63年から平成元年まで農水省の経済局税制調整室(当時)の係長を務めました。消費税が可決成立したのが昭和63年12月で、導入されたのが平成元年の4月1日であり、当時からインボイス(適格請求書)の話はありました。売手が買手に対して自らが負担している消費税額を正確に伝えるためのもので、消費税の円滑かつ適正な転嫁を実現するためには最も良い制度であることは最初から分かっていました。当時は売上税が大失敗し、消費税を導入する時にインボイスをいきなり導入することはハードルが高く、インボイス方式ではなくいわゆる帳簿形式が認められました。

その流れが30年以上も継続していたのですが、いよいよ本来のインボイス方式への切り替わりということなのでしょう。本当は食品に軽減税率が導入された時に導入されるべきでした。軽減税率を入れると調達は8%なのか10%なのかが分からないということになり、この時にインボイス制度が導入される必要があったのですが、経過措置が続いてきたわけです。インボイス制度の導入が成功するためにはいかに普及、啓発をするかが重要です。今年10月からインボイス制度が導入されますが、今のようにITが普及すれば、それほど難しいことではないと思います。逆に言えば、これがあるからしっかり転嫁ができ、仕入れ控除ができると考えるべきでしょう。