国家の横暴 終わりの始まり

「…我々の間には個人的に何等殺しあう理由がないにも拘らず、我々は殺し合わねばならぬ。それが国是であるからであるが、しかしこの国是は必ずしも我々が選んだものではない(略)敵はほかにいる」。『俘虜記』で自身の戦争体験を描いた大岡昇平は、現れた敵兵を撃つことなく俘虜となる。

▼ウクライナ軍の捕虜となったロシア機の操縦士が「プーチンの命令に従っただけなんです」と助けを乞う動画が拡散された。祖国の市民すら正当性を疑う戦争を命じられ、四面楚歌で作戦をこなすサラリーマン兵士。悲しい本音に思える。

▼きっと彼らだってこんなことしたくない。そう思いたい。ナチスのホロコーストを遂行した責任を問われ「命令に従っただけ」と繰り返したアイヒマンのごとき凡庸な悪(ハンナ・アーレント)に徹するほかないのだ。

▼そんな実態の暴露で権力側の正しさが揺らぐことを恐れ、情報の遮断と統制を試みる。北朝鮮で、香港で、ミャンマーで、アフガンで、フィリピンで、ベラルーシで…権威主義国家の習性は同じ。だが戦地の動画すらリアルタイムで拡散する時代に、それは通用し続けるのか。足下が揺らぎ始めているのは、ロシアだけではない。