おいしさを権利化へ 「オンリーワン戦略」で価格競争脱却 食品業界の知的財産権

新製品開発で各社がここ数十年にわたり追求している項目は「おいしさ」「健康」「簡便」で、この間、業界で分かったことは、どんなに健康的で簡便かつ安価な食品であっても、おいしくなければ消費者は付いてこないという事実だ。どの企業も自社の「おいしさ」に自信を持って商品投入するものの、追随され価格競争に陥る。そしてこれが繰り返されているのが現実であり、価格競争の先に業界の発展は見通しにくい。これを防ぐ一つの方法が、知的財産権(知財権)として権利化することで他社の追随を許さない「オンリーワン」戦略を推進できる。これにより圧倒的な差別化を図り、繰り返される価格競争からの脱却を図る。今回は、「オンリーワン戦略」を目指す上での権利取得について、その重要性、有効性などの観点から特許出願とノウハウ秘匿の選択、官能評価、新たな知財制度の概要、知財権ミックス戦略について、大阪や東京などで食品を専門に活躍する弁理士にそれぞれ語っていただいた。

五感で感じるおいしさを数値化
三枝国際特許事務所 副所長 弁理士 中野睦子氏

「オンリーワン戦略」を目指す上で、その一つの手段においしさを人の五感で具現化する官能評価がある。一般的には甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香りなどの項目が身近だろう。三枝国際特許事務所の中野睦子弁理士は「機械的測定値に、官能評価を加えての出願がより望ましい」と話す。また、官能評価による「予想外の効果」も特許取得に有効とのことだ。官能評価による特許取得について中野弁理士に聞いた。

――おいしさを権利化する理由と利点を。

中野 各企業はたくさんの良い商品を持っていると思うが、その商品のおいしさや良さを明確に伝えるには、人の五感による評価をデータ化し、官能評価により権利化することは一つの方法だと思う。そして、権利化が他社との差別化戦略につながる。

――官能評価とは。

中野 機械ではなく人が評価すること。人の五感で行うこと。よって、食品の見た目(視覚)、におい(嗅覚)、聴覚(音)、味覚(味)、触覚(手触り)、そしてテクスチャー(口当たり、舌触り、歯ごたえ、のど越し)などが対象となる。音では食べたときのパリパリ、シャキシャキなど。人は五感で感じるすべてでおいしさを味わっていると思う。それを総合的に評価すること。

――まず行うことは。

中野 何を特徴とし、差別化していくか。その項目をまずは決めること。例えば飲料では、甘み、酸味、フレッシュさ、舌触りなど。舌触りもさらっとしているのか、濃厚なのか。商品を市場に投入する際に、訴求していく項目をまずは決める。

――数値的評価は。

中野 測定機器を用いた絶対的評価と、官能評価による相対的評価を副次的としてセットで出願することが望ましい。ただ、例えばそしゃくする時、時系列で食感は変わっていく。これを機器で測定して数値化するのは、研究所ではない一般企業では難しいと思う。このような場合、簡便的に行うには官能評価が良い。食べやすさ、のど越しの良さ、飲みやすさなどさまざまな項目で評価できる。

――官能評価の出願傾向は。

中野 2019年に飲料分野で訴訟に発展したケースがあり、審査が厳しくなっている。このため統計学的有意さがあるように記載された精度の高い明細書が増えている。予期しえない五感を呈し、かつその評価が精度高く記載されていれば、その発明の特許性を否定することは容易ではない。ただ、まずはどういうおいしさに着目するかに尽きると思う。例えば、成分Aと成分Bを組み合わせると思いがけない味になるなど、前例のない「予想外の効果」は特許性を主張する上で重要なことであり、五感に関するものならば官能評価は重要な実験になる。

――出願に関しては。

中野 特許出願は書面主義なので、実施した官能評価が精度高く確からしいものであることを明細書に記載することが重要である。例えば採用した各パネル(評価者)のバックグウランド、評価項目の定義、評価方法、評価基準、パネル間での基準の統一化方法(キャリブレーション)などを書いておくと良い。その上で、得られた結果の統計学的有意差を記載すればなお良い。そうすると、特許庁は、この試験は客観性が高く精度の高い評価試験であると、善意に解釈する。

食品のおいしさを官能試験で評価した特許の例として、特許第6244494号、および特許第5813262号を紹介する。前者は官能評価方法が詳細に記載されている点で、また後者は多数のパネルで評価した結果に統計学的有意差があることが示されている点で参考になる明細書である。

特許出願 ノウハウ秘匿 戦略的に選択を それぞれに利点と留意点
ユニアス国際特許事務所 所長 弁理士 梶崎弘一氏

ユニアス国際特許事務所 所長 弁理士 梶崎弘一氏
ユニアス国際特許事務所 所長 弁理士 梶崎弘一氏

オンリーワンの技術や商品を独占的に実施するための戦略として、「特許出願」だけではなく「ノウハウ秘匿(保護)」する方策があり、後者が有効な場合もある。それぞれを簡単にまとめると、「特許出願」は1年半で情報が公開されるが、20年間のみ独占権が与えられる。「ノウハウ秘匿(保護)」は、情報が公開されないので類似品が出にくく永遠の権利とも言えるが、保護の限界やリスクもある。これらの選択を含めた出願戦略について、それぞれの利点や留意点など、ユニアス国際特許事務所 梶崎弘一所長に聞いた。

【知財権の実情と特許出願の概要】

研究活動の成果としての知財は、「特許出願」により権利を取得することと、「ノウハウ秘匿」することを、保護の両輪として、状況によって選択しているのが実情だ。「特許出願」は、権利取得後1年半で情報が公開されるので、これをヒントに他社から類似品や改良品が出る可能性は高い。侵害発見可能な権利なら、それを抑止できるが、製法特許の場合など、侵害発見が国難な場合もある。

【ノウハウ秘匿の概要】

一方、情報公開しない方が有効であると判断した場合、その発明(ノウハウ)を戦略的に秘匿することができる。ノウハウは不正競争防止法で保護され、これには

①公知でない
②秘密管理されている
③その技術等に有用性がある

が条件となる。有用性がある技術などは、特許取得も可能性が高いので、どちらを選択するかは各社の戦略次第となる。

また、ノウハウの秘匿では、他社が独自に開発して、後から出願する場合も考えられるが、その場合は「先使用権」制度で対抗することが必要になる。よって、「秘密管理」と「先使用権の証拠確保」をセットで行うことが必要だ。

【発明の公知と秘匿】

では、発明の内容がどの場合に公知となり、どの場合に秘匿出来るか。販売により公知となり、分析可能な状態となる。よって、他社が商品により分析容易な構成を出願し、分析困難な「製造工程」や「成分」をノウハウ秘匿して管理する。

【ノウハウ保護の限界とリスク】

特許は独占排他権であり、自社の実施と他社の抑制に影響を及ぼす。また、先願主義(早い者勝ち)であり、ノウハウが存在しても出願による権利化が優先されるが、出願から20年で権利は消滅する。

一方、ノウハウ秘匿だと、結果的に誰も真似できないが、法律的に独占状態が保証されているわけではない。「漏洩の抑止」、例えば従業員が他社にもらすことの抑止と対策が必要なる。問題が起こった時の対処は不正競争防止法で可能となる。権利(効力)の消滅は公知化された時で、他社による出願公開や自社からの漏洩が当たる。

【ノウハウ保護の考慮すべき項目】

食品界では比較的少ないが、類似発明の出願頻度が高い場合は、出願公開による公知化リスクと、他社権利化リスクがそれぞれ大きくなる。また、各社の技術レベルが高いほど、独自開発リスクが大きくなる。不正競争防止法の法定要件では、その達成レベルが低いほど、自社による公知化リスクが高まり、漏洩の抑制効果が低くなり、救済が困難となる。

【漏洩リスク】

外国勢力、共同開発者、ライセンシー、退職者、現職員などがあり、他の業界ではそれぞれ裁判で争いとなった。これらは、対策がどこまで取れるかの問題であり、特許出願するか否かの選択基準とはなりにくい。

【特許出願が優先される類型】

「製品から推定される製法(麺を油で揚げているなど)」「製品以外の情報での推定(原料など)」「製品がその製法以外で製造不能」の、この3つの類型の場合は、侵害発見が容易となる。また類似発明の頻度が高くなり、技術レベルの均質化が生じて「秘匿による差別化効果が小さくなる」ので、特許出願が望ましい。

【まとめ】

出願かノウハウ秘匿かの選択や判断は難しいが、今回紹介した以外にもさまざまな方法があるので、オンリーワン戦略を取る上で、弁理士に相談いただき、一緒に方向性を見出せればと思う。

「知財権ミックス戦略」で商品を守るオンリーワン商品の長期維持を
ユニアス国際特許事務所 弁理士 春名真徳氏

ユニアス国際特許事務所 弁理士 春名真徳氏
ユニアス国際特許事務所 弁理士 春名真徳氏

オンリーワン戦略を推進する上で、有力な制度の一つに「機能性表示食品」制度がある。特定保健用食品では限定される「ヘルスクレーム」(「体脂肪を減らす」などの訴求できる請求内容)も、機能性表示食品では多岐にわたり、新しい成分や機能で、「国内初」などの商品作りが行いやすくなっている。

ただ、その届出数は21年8月で累計約4350件と増大傾向であり、医薬品や化粧品メーカーも参入してコモディティ化はますます深刻になってきているのが実情だ。他社に真似されてしまっては、商品開発にかけた膨大な時間と費用を回収できない事態に陥ってしまう。

オンリーワンの状態を長く維持するため、その独自技術やデザイン、ネーミングを「特許権」「意匠権」「商標権」の3つの権利で組み合わせた「知財権ミックス戦略」を意識し、総合的に商品やブランドを守っていくことが有用だ。

その一例として下表に東海漬物「匠乃キムチ」の例を挙げる。これは、独自乳酸菌を特許化し、商品名を商標登録し、パッケージデザインを複数で意匠登録している。また、静岡大学と共同出願し権利を共有化している。中小企業では独自の研究施設を持つ企業は少ないため、産学連携は双方に利点となる。

一方、最近は魅力的なヘルスクレームによるオンリーワン商品を開発する動きや届出事例が増えている。特に昨年の大きなトピックスは、キリンホールディングスの「プラズマ乳酸菌」が「免疫サポート」として国内で初めて届出されたこと。また、ヤクルト本社の「BF―1」は国内初の胃に関する機能を表示した。商品では、独自のビフィズス菌による「食後の胃の負担をやわらげる」機能を表示する。知財では、当該菌による「胃不定愁訴(胃痛、胃もたれなど)の予防治療剤」として用途特許を権利化している。

そのほかでは、「むし歯の原因となる酸に溶けにくい状態にすることで歯を丈夫で健康にする」「トイレが近いと感じている女性の日常生活における排尿に行くわずらわしさをやわらげる」などの機能性がある。

ポイントは「むし歯」と記載したこと。機能性表示食品のガイドラインでは、「疾患」の予防や治療は制度の対象外だ。むし歯の疾患名は「齲蝕(うしょく)」であるが、一般的に周知されているむし歯をキーワードに届出されている点が興味深い。また、「トイレが近い」は「頻尿」であり、頻尿治療薬などの医薬品を服用されている方もいる。医薬品は疾患の治療や予防に用いられるが、医薬品に抵抗のある方や、疾患には至らない、より初期症状の方(未病対策)に向けて、機能性表示食品が担う役割や期待は大きい。

新たに登場してくる魅力的なヘルスクレームを保護するため、用途特許などを活用し、オンリーワン商品を長期維持すること、知財権ミックス戦略によりオンリーワンブランドに育てていくことが重要である。

知財制度をフル活用 新たな商標制度の概要を解説
ユニアス国際特許事務所 弁理士 石川克司氏

ユニアス国際特許事務所 弁理士 石川克司氏
ユニアス国際特許事務所 弁理士 石川克司氏

食品ブランドを守るには、知財制度をフル活用したい。また、15年4月から導入された新商標には「動き商標」「ホログラム商標」「色彩のみからなる商標」「音商標」「位置商標」がある。以下では、商品やブランドが、どのようにして知財権や新商標制度を活用して保護されているか事例を挙げて説明する。

【企業取組み具体例】

東洋水産は、「マルちゃん正麺」において商品名・ブランド名の商標権を始め、新製法「生麺うまいまま製法」が特許権。パッケージが味ごとの色含めて商標権。そして、「♪スマイルズフォーオール」は音商標で、さらに動き商標も登録。社名ロゴやマルちゃんブランドロゴなどさまざまな視点で保護している。

【動き商標】

前述した東洋水産のほか、永谷園では、お茶づけ海苔を振り、中から「味ひとすじ永谷園」の文字が出てくるまでの一連の動きも登録されている。

【ホログラム商標】

文字や図形などの見え方が変化する「ホログラム商標」は、宝ホールディングスの「のみごろサイン」シールがある。商品が冷えるにつれ、徳利のイラストの色が濃くなっていき、飲みごろの温度になると「のみごろ」の文字と雪の結晶のデザインが浮かびあがる。

【音商標】

「♪ふじっ子のおまめさん」「♪おーいお茶」「♪やめられないとまらないカルビーかっぱえびせん」「♪ヤマザキはるのパンまつり」など、多くの方が一度は耳にしたことがあると思う。

【位置商標】

キユーピーマヨネーズの赤い「網目」は「位置商標」として商標登録されている。また、日清食品ホールディングスの「カップヌードル」の象徴である上下の帯型の図形 (通称:キャタピラ)は、ロゴやブランド名のない ”のっぺらぼう” でも「カップヌードル」と認識できると認められ商標登録されている。

【色彩のみからなる商標】

取得が難しいようで日本国内で10例に満たない。UCC上島珈琲の缶コーヒー「UCCミルクコーヒー」に使用されている3色の組み合わせによるデザインが食品商品初として2019年に特許庁に登録されている。コンビニエンスストアでは、セブンイレブンやファミリーマートの3色のコーポレートカラーが取得している。

【まとめ】

食品分野の商標戦略としては、まずは商品名やブランド名などの文字商標を権利化し、次に位置商標の権利化を検討することをお勧めしている。特徴のあるポイントデザインを共通化した商品展開をすることで、ブランド育成に繋がる。新商標制度は、食品メーカーではまだ一部の企業のみの出願にとどまっているのが現状だと思う。食品にはたくさんの良い商品があるので、例えばデザインの色彩を統一してブランドの認知向上を図るなど、ブランド育成と同時に、きちんと育成ブランドを「守る」ことの両輪で進めていただければと思う。