鬼平犯科帳を愛読 ビジネス書は読まない 「理と利と情」が信条 46歳・ネスレ日本の深谷龍彦社長に迫る 

4月1日から現職の深谷龍彦代表取締役社長兼CEOは、1973年9月2日生まれの46歳。96年、関西学院大学商学部を卒業後、ネスレ日本に入社して最初に配属された広島支店(現・中四国支社)で営業を経験したのち、ネスカフェ事業部(飲料事業本部)を皮切りにマーケティング畑を歩む。

6月29日、取材に応じた深谷社長は「28歳からずっとマーケティングに携わり、思ったことを遠慮せずに言わせてもらい、好きなことをやらせてもらってきたことが自分の財産」と語る。

この実感もあり、社員にいま最も伝えたいのは「このような時代で先行きが見通せず誰にも正解がみえないからこそ、思っていることがあったら遠慮せずに声をあげてほしい」ことだという。

同社はここ10年間、高岡浩三前社長の強烈なリーダーシップの下、大躍進を遂げた。

ただし「(高岡前社長の)トップの力でターンアラウンド(方向転換)した功績は素晴らしく、私も学ぶことが多かったが、今の時代はそういうことではないのだろうと個人的には思っている」。

今の時代にふさわしいものとして、深谷社長が重視するのは“チーム”。

「チームとして、それぞれの組織をいい方向に向かわせたい。実際に現場で働いている人たちに近い年齢の私だからこそできることではないかと思っている」。

忌憚のない意見が一層飛び交う社風を醸成し、その中で管理職の役割は、さまざまな意見の中から気付きを得て実現へと引っ張っていくことにある。

「若手の発した言葉の中から何かを見つけ出してあげるのが上司の仕事。一見、石ころにみえるものでも磨いてあげればダイヤになりうる。最初からダイヤを待つのではなく、見つけたものを上司と部下が一緒に磨いていくという意味でチームになってほしい」と述べる。

社内からの人望も厚いと仄聞される深谷社長。好きな言葉は“理と利と情”。

「理由の“理”と利益の“利”と、それから情けの“情”で人の心は動く。理と利があっても、心がこもっていなければ人は動かない」を信条とする。

趣味は読書で、中でも「鬼平犯科帳」をはじめとする池波正太郎作品を愛読する。

「小説ばかり読んでいる。ハーバード・ビジネス・レビュー誌以外、ビジネス書は基本的に読まないしリーダーシップ論の類いは大嫌い。リーダーシップの本を読むくらいだったら鬼平犯科帳を読んだほうがいい。池波正太郎さんが大好きで全冊持っている」という。

深谷社長は入社以来、チャレンジを続けて「ネスカフェ」を立て直すなどの功績をあげる一方、失敗もした。失敗の1つがJANコード(バーコード)の未記載。未記載のまま新商品を設計し出荷してしまったのだという。

「あとですべての営業にJANコードだけ印刷したものを送り、店まわりをして貼ってもらった。JANコードを間違えた人というのは聞いたことがあるが、付け忘れは前代未聞で、めちゃくちゃ怒られた。あと、店頭で新商品がよく売れているのを見て、返り注文がくると判断し増産を決めたところ全く売れなくなったということもあった」と振り返る。

失敗談には現場主義もにじむ。

新型コロナウイルス感染拡大で外出自粛を余儀なくされる中、深谷社長自身、店頭の価値を改めて再確認できたという。

「ECでも手に入らなかった商品を店頭で見つけたときに、やはり小売店さんは強いと実感した」と語る(深谷龍彦社長/ネスレ日本)
「ECでも手に入らなかった商品を店頭で見つけたときに、やはり小売店さんは強いと実感した」と語る(深谷龍彦社長/ネスレ日本)

「ECでも手に入らなかった商品を店頭で見つけたとき、やはり小売店さんは強いと実感した。ECの品揃えは無限大と言われるが、そんなに下へ下へとスクロールしない。今回、新しい商品との出会いや季節感の醸成といった小売店さんの価値を見つめ直せたことから、一緒に買い物の楽しさをつくっていけるようなことに貢献していきたい」と意欲をのぞかせる。

商品ポートフォリオはEC向けの商品とそうでない商品に大別していく考えで、目標に掲げられたEC比率20%については「それくらい重要視してやっていく姿勢を示したもので、20%に到達することが大切なのではない。ECに適した商品ができたらECで売ればよく、ECに適した商品ばかりを開発するのも違うと考えている」。

コロナ禍での社長交代となり、まず重視したのが社員の安全とビジネスの持続だった。

ビジネスの持続については、かねてからリモートワークの環境を整えてきたことから在宅勤務はスムーズに機能し、WEB会議も海外とのやり取りの延長線上で難なく導入できたという。「WEB会議を通じて各支店の交流が芽生え参考になったとの声も耳にした」。

その一方で「工場の人たちはコロナ禍でも現場に立たねばならず本当に頭が下がる」と襟を正す。

直近の業績は、コロナ禍は外食や観光業などを直撃する中、家庭外の構成比が比較的低いことが幸いして順調に推移。

コロナ禍による新しい生活様式・ニューノーマルが叫ばれる今後については、見通しが立たない中で先手を打つことよりも「ほんの小さな変化を見つけられるかどうかが一番重要だと思っている」。

この考えからも店頭活動を重視していく。

「私も営業していたので分かるが、お店は情報の宝庫。モノが売られ買われていく場所なので、新しい変化が一番見つけられやすいと思っている。単に商品を並べて売るだけではなく、お店で情報をつかんでくるのが営業の大きな仕事」とみている。

商品の方向性としては、安全・おいしさ・健康を大前提に、環境と付加価値を加味していくことを強調。「“個人・家族のため”“コミュニティーのため”“地球環境のため”の3つが柱で、コミュニティーや地球環境に貢献できることをもっとやっていかないといけない」との見方を示す。

カテゴリーではコーヒーとチョコレートを引き続き柱にしていく。

「キットカット」はコロナ禍によるインバウンド需要の激減や観光業の苦境のあおりを受けて苦戦を強いられているが、「こういうときだからこそ、新しいアイデアが生まれてくる。中国の方がよく言うのは、危機という字には危険という字とともに機会という字が含まれているということ。『キットカット』には過去に何度も危機があった。指をくわえてツーリストが戻ってくるのを待っているのではなく、困っている観光業界に恩返しサポートできるかを考えるべき」と発破をかける。

「スターバックス」家庭用商品の売場
「スターバックス」家庭用商品の売場

一方、コーヒーは「ネスカフェ」「ネスプレッソ」「スターバックス」を柱とし、直近ではコロナ禍でスタバ店舗が臨時休業を余儀なくされたことで「スターバックス」の家庭用商品が大きく伸長した模様。

「スターバックスさんの公式ツイッターアカウントでも、われわれの商品を紹介してくださった。もっと一緒にできることを考えていきたい」という。

コーヒー市場の展望については、人口減を加味して杯数ベースでは横ばいを見込む。

「われわれの試算では一人あたり年間410杯飲んでもらっているが、これが600杯になるとは考えられず、プレミアム化を推し進めていかないと企業が永続できない。プレミアム化以外にも、バラエティでまだ手をつけていないところがある。レギュラーコーヒーは『スターバックス』のプレミアムラインしかやっていないが、その他のラインもやるかどうかは別として、やれる余地はある」との考えを明らかにする。

中長期的にはコーポレートブランドの強化も視野に入れる。

「『ネスカフェ』『キットカット』などがコーポレートブランドと強く結びついていないのが課題。『キットカット』は正式には『ネスレ キットカット』だが、そのようには呼ばれない。ネスレのコーポレートブランドをどのように位置づけるかは私がやらないといけない」と意欲をのぞかせる。

ネスレは、創業者アンリ・ネスレの精神を受け継ぎ、栄養を中心とした価値観を持つ。

「いきなりネスレが『健康的な側面を強化したブランドになります』と言ったところでなれるものではないが、やらなければいけない分野だと思っている」。

地球環境への取り組みにも注力していく。「メキシコなど世界数か所には、ミルクをパウダー化する際に抜き出された水だけで工場で使用する水をまかなうゼロ・ウェイスト・ウォーター工場がある。日本では乳製品を扱っていないためないが、欧米のミレニアル世代は、このような環境に配慮した企業を選ぶというスコアが、どの調査結果からも高く出ている。日本でもそのような反応が示されてからやるのでは遅く、まずはプラスチック削減を一生懸命やっていくしかないと考えている」。