ブルーマウンテンコーヒーに最注力 スペシャルティも多彩に品揃え アタカ通商

アタカ通商は2019年に牧草事業を切り離し収益の柱であるコーヒー生豆の輸出輸入・国内販売に集中している。牧草事業は元役員が設立した会社に承継された。

取材に応じた荒木守社長は「牧草事業を手放したことで年商約30億円のうちの半分が消えてしまい、コーヒーで少しずつ伸ばしていく戦略を立てている」と語る。

コーヒーの中で同社の強みであり今後も注力していくのがブルーマウンテンコーヒー。現在、ブルーマウンテンコーヒーを産地から買い付けできるのはジャマイカ政府に認定された会社に限られ、そのうちアタカ通商は源流の安宅産業時代からさかのぼると最古参となる。

アタカ通商は、元総合商社・安宅産業の5人の社員がその事業のコーヒー事業と牧草事業を継承して1980年に設立された貿易会社となる。

「ジャマイカのコーヒー産業の復興を手掛けたコーヒー産業公社(Coffee Industry Board)に100万ドルの資金を日本で最初に融資したのが安宅産業。1988年に発生したハリケーン・ギルバートで農園が大打撃を受けた際には、ジャマイカコーヒー輸入協議会の一員として貸し付けを行い、長きにわたってコーヒー豆で返済していただいた」と振り返る。

ブルーマウンテンコーヒーの魅力については「生産エリアが限定され稀少であること、黄金バランスと言っているが、味・香り・コクのバランスが良い。これにはブルーマウンテンミストが影響しているのだと思う。霧がかかったと思うと30分程度で霧散してしまう。いろいろな産地を訪れたが、このようなところはほかにはない」と説明する。

1967年の輸入開始時は、ブラジル、コロンビアなどの主要産地から等級の低い豆が多く流通したこともあり「相対的にブルーマウンテンコーヒーはおいしいと評価された」。

現在、おいしさではパナマ・ゲイシャ種など他の産地が台頭する中、ジャマイカコーヒー輸入協議会の一員としてブルーマウンテンコーヒーの魅力発信を強化していく。

その点、産地を訴求するコンビニコーヒーの動きに期待を寄せる。「産地を謳うことは重要。これにより消費者はコーヒーの世界観がイメージしやすくなる。コーヒーは嗜好品であるためイメージも大事な要素となる」と述べる。

ブルーマウンテンコーヒーの主な販売先は大手・中堅のコーヒーロースター。小規模の自家焙煎屋に向けて世界各国のスペシャルティコーヒーをラインアップしている。

ブルーマウンテンコーヒーに次いで注力しているのはハワイアンコーヒー。メーンとなるハワイコナがキラウエア火山噴火で減産・高騰している中、同社はハワイ州でハワイコナ以外にもカウアイ島、マウイ島、オアフ島のコーヒーを多品種取り扱っている。

荒木社長は2001年12月から現職。安宅産業と安宅農水産で経理畑を歩み、アタカ通商創業時からコーヒーに従事。アタカ通商の初代社長は、安宅農水産でも初代社長を務めた結城國英氏。

安宅産業は1904年(明治34年)、安宅商会として創業され、戦前から戦後にかけて官営八幡製鐵所の指定問屋4社の1社(安宅産業)となる。3千600人の従業員を抱え、大手商社と肩を並べる規模であったが、1973年の第一次オイルショックで業績が傾き1977年10月1日に伊藤忠商事に吸収合併されて消滅した。

「イギリスのBP社から購入した原油をカナダのニューファンドランド・リファイニング・カンパニーで精製してアメリカに石油を販売していたが、原油が高騰し石油が売れなくなった。BP社とは長期契約を結んでいたため、精製したものが貯まる一方、キャッシュが入ってこなかったと伝えられている」。

3千600人の従業員のうち伊藤忠商事が引き取ったのは1千50人。残りの2千500人弱の多くは希望退職に応募。一部は安宅産業の独自の商権を生かすためメーンバンクだった住友銀行(当時)の主導で設立された安宅繊維、安宅木材、安宅建材、安宅農水産、安宅地所の5社に引き取られることになった。

この中で安宅農水産は好業績を収めるも100%株主であったイトマン農水産部に吸収合併を要請され、その際、イトマン農水産部への転籍を拒んだ5人がアタカ通商を創業した。

安宅農水産はイトマン農水産として子会社で営業した後、イトマンに吸収合併。以降、そのイトマンと安宅繊維は住金物産(現・日鉄物産)に、安宅建材と安宅木材は住友林業に、安宅地所は総合地所にそれぞれ吸収合併された。

アタカ通商は安宅産業のDNAを受け継いだ唯一の会社といえる。同社の筆頭株主は創業当時から豊橋飼料。